「ホント超マジヤヴァかったよねー!新宿駅で発砲事件とかってマジ在り得ねーってカンジ。いつから東京は『ゆないてっどすていつ』になったんだかってさー」
その割にはやけに楽しげに後藤和瀬は騒ぎ立ててる。
一香としては傍から聞いてて、「オマエ目玉撃ち抜かれた女の死体見てからソレ言ってみろ?」とか言いたくならなくもない、が。
なんにしても、お互い撃たれなくて良かったね、と心の中でだけ言う。
あんな事件なんかの間違いだと思いたいよね、私達生きてて正解なんだよね。
「ホント怖かった……。でも、一香が凄い冷静だったから、私達も落ち着いてられたよね」
「えっ!?」 稲見が予測外の言葉を浴びせてくる。
「そうなんだ、ソレってホント凄いね」
稲見の彼氏、3年生の竹崎裕也が静かに称賛してくる。
「ソレじゃ浅雪さんは俺の彼女の命の恩人って訳だね」
「いや別にっ、ソコまでのコトをした訳じゃ……」
いくらなんでも褒められ過ぎだと一香は思う。
何も、我が身を盾にして稲見を凶弾から護ったとかって訳じゃないのに。。
「そーですよぉ」 「てッ」 和瀬が一香の脳天に肘を落とす。
「なんか知らない女のコにkissされて慌てて追ッ駆けてったのはドコの誰?私の妹を命に代えても護るとか言っといて速攻あのザマ?この、なんたる浮気者ッ!恥を知れ恥をッ!!!!!」
「ぐぶッ……!!!」 続け様にヘッドロック。容赦ない。
「なんだか、いろいろあったみたいだね」
実に穏やかに微笑んで、竹崎は実に無難過ぎる感想を述べる。 「いろいろありましたよ!」
和瀬はやけに自身満々に叫ぶ。一香の首を絞める腕力を強めながら。
「そもそも拳銃のヤツ等と別になんかナイフ持ってるヤツがいて、ソイツ一香刺そーとしてたんですよ。でも、その知らない女のコがスタンガンでバチバチバチバチのガリガリガリガリーーーッってやっつけてくれたんですよ!しかも2回もですよ2回もっ?すっげー偶然ー」
一香の首をアチラに振ったりコチラに回したりしながら和瀬は一人で盛り上がってる。
「オマエそんな楽しそーに言うなら私の代わりに刺されそーになってみろ?」なんて一香としては言い返したいトコだが、キツく首絞められてて到底言える状態じゃない。
「ソレじゃ、その知らない女の子は俺の彼女の命の恩人の命の恩人って訳だね」
澱みなく竹崎は言い切る。稲見はなんだか首を傾げてるが。
「竹崎先輩、ソコまでつなげると正直ウザいです」 「……そうかな?」
ずっと黙って聞いてた1年生の市ヶ谷響がさらりと棘を突き刺しても、竹崎の微笑みは崩れない。
「もぉ、先輩ったらいつも私基準でしか人間関係見れないんだからっ」
「あははっ、ゴメンね。やっぱりいつも稲見さんのコトから考えちゃうから」
「ソコは謝るトコじゃないですよぅ、せ・ん・ぱ・いっv」
普段は淡々としてる稲見の口元が思いっきり緩んでる。
財布の紐に換算すれば国家予算級が一気にアイスクリーム衝動買いに費やされてしまったってくらいに、緩み得る限り緩んでいる。
その緩みは「持たざる者」にとって、憎悪の対象以外の何物にも成り得ない……
「ウガアアアアアアアッ!!!テメエ等ノロケてんじゃねえーーーーーーーッ!!!!!」
和瀬が校内全域に響き渡ろーかってくらいに咆え、更に強烈に一香の首を締め上げる!
「グ……;」 「和瀬先輩、そんな強く首締めたら一香先輩が死んでしまいます」
「ならばいっそ死んでしまえッ!私が愛されない世界なんて存在する意味はねえッ!この圧倒的に間違った世界とソコに巣食ってる寄生虫の如きバカップル共とソレを創った全知全能とは程遠過ぎる愚劣にして愚鈍なる神の代わりに、無様なる屍を野に晒して完全完璧完膚なきまでに死んでしまえーーーーーーーッ!!!!!」
「ぐふぉあッ……!」 逆恨みもいいトコだ、後藤和瀬。
本来なら直で恨むべき対象のバカップルは当然聞いちゃいない。
「そんなコト言ってたら尚更彼氏出来ないんじゃないですか?」
「うるせえ黙れ響!オマエだって彼氏いねーじゃねーかッ!!!!!」 話にならない。
っていうか響、辛辣に突ッ込んでるヒマとかあったらその前に私を助けてプリーズ。
あとバカップル共もベタベタにノロケてるヒマとかあったらいーかげん私を助けてPlease。
いーかげん一香の脳には酸素が供給されなくなりつつある。
「何何何?今日は昼間ッから中庭で公開プレイ?オレも混ぜてよねえっ!!???」
「んな訳ねーだろーがッ!!!!!」
「うげッ!?」 「あ、解けた」
響の言う通り、割り込んで来た男に超反応した一香は一瞬にして和瀬を振り払う!
和瀬は後方へと背中から転がされる。 「あはは一香ー、オレ来たのそんな嬉しい?」
「どんな脳がどんな解釈すりゃそんな結論になるんだ?」
「いやー、さっきまであんな強烈に首絞められてたってーのにさ、あんまり凄い勢いで振り解いちゃうモノだからさー」
こんな御都合主義的解釈を恥も外聞も無く並べ立てるのは他でもない、福部尚志。
「バカゆーな。その気になりゃ後藤和瀬如き一瞬で宇宙の塵に変えれんだよ」
つい口走ったがコレじゃ自分自身こそバカゆーなってカンジだ。
「うっわ、一香無茶言ってるし」 「いくらなんでもソレは過剰だと思います」
「んじゃいっそのコト、オレをそーやって宇宙の塵に変えて」
「…………マジで反応してんじゃねーよ、テメエ等」
自分からバカ言っといてアレだけど自分の周囲にはなんでこんなバカしかいねえんだ。
「……尚志ってそーゆー趣味なの?」 バカップルの片割れが会話に復帰して、問う。
「あー稲見いたんだー。っていうかソコのヒト誰?」
もう片割れを指差して、福部は質問に答える間もなく質問で返す。
「オマエ失礼なヤツだな先輩に向かって……」 「構わないよ、浅雪さん」
やはり穏やか過ぎるくらい穏やかに、竹崎は言う。
「初めまして。3年F組の竹崎裕也といいます」 「ちなみに、私の彼氏だからv」
稲見がコレでもかとばかりに竹崎の腕に抱き着く。
「あ、コチラこそ初めまして。2年D組の福部尚志です。ちなみに」
「うるせえ黙れ、その口にデタラメは言わせねえ」
何故か自分の方に伸びて来た福部の手を一香は足裏で蹴り返す。
「ヤだな一香ったらホントにもーっ、すぐ照れちゃうんだからー」
「ソレがデタラメだっつってんだよこの下劣野郎ッ!!!」
「一香ソレ、痴話喧嘩にしか見えない」 「お2人とも、仲が良いんですね」
「良くありませんッ!!!!!」 「説得力ないです、一香先輩」
「そーそーそーそー。お似合いだよねー♪」 「死にてーのか、バ和瀬?」
右目を撃ち抜かれた後藤和瀬の死体を、つい思い浮かべる。
本気でそーするつもりがほんの少しだってないからこそ平然と思い浮かべられるのだけど。
「あははそりゃすげー。殺れるモノなら殺ってみやがれですわよ、浅雪さんっ♪」
まさか本気でそーなる可能性がほんの少しだってないと思ってるからこそ和瀬も笑ってられるのだろーけど。
「ってかアンタ達、昨日あんな事件起こったソバからよくそんなコト言えるねー」
そう言う稲見だって、少し呆れたように微笑んでる。
改めて一香は心の片隅の更に片隅で安心を覚える。表には出さずに――
「えっ何事件って?一香なんか酷いコトされたのっ???」 ――余計なヤツが反応してきた。
そーだ、コイツ何も知らねーんだっけ。稲見余計なコト言うなよ。 ……だが、コレは使える。
「福部尚志に良く似た男が放課後の教室で私を強姦しよーとしてきたんですっ……!」
出任せ。 超、口から出任せ。
コレでもかってくらいカマトトぶって、声の音程3音半上げて、一瞬の閃きで命の限りに出任せ。
「なっ、、、マジ???」 当の福部が最も慌てている。 和瀬はソレを見逃さない。
「尚志アンタねー???」 「いや、、、オレじゃナイヨ!!???」
否定を宣言する口の両脇が変に引きつっている。
「ソレはちょっと……いや、ちょっとどころじゃなくマズいね」 竹崎は微笑みを消している。
「いえ先輩っ、オレガソンナコトスルワケナイジャナイデスカッ」
「きゃーーーっ、尚志ってば超ヘンタイーーーーーっ!」
「和瀬てめェ勝手に決めんなッ!!!!!」
こーなった時の後藤和瀬の度し難さを思い知るがいいと一香は密かに冷笑する。
「っていうか先輩方、冷静に考えて下さい」 「はい?」 「響?」
収拾のつかない話の中に市ヶ谷響が割り込んで来る。
「そんなコトしよーとしてきたのが本当に福部先輩だったとしたら、一香先輩が生かして還してるとは思えません」
「ん゛な゛ッ……!」 福部は早々にバカにされてると気付いたか。
「いっ市ヶ谷テメェ!そりゃ殺られるなら殺られたいけどソレとコレとは別だ!オレがそんな簡単に一香に殺られると思ってんのかッ!!???」
如何に福部尚志とて他人から指摘されると変な意地が生じるらしい。
ソレが後輩の女子生徒なら尚更か。 「思ってます」 響は淡々と、しかし堂々と断言する。
「まあ、事実簡単に殺れるし」 「殺られるかッ!!!殺られたいけどッ!!!」
「きゃーーーっ、尚志ってば超ヘンタイでMで殺られキャラーーーーーっ!」
「だからいーかげんソコから離れろ和瀬ッ!!!!!」
騒々しい4人を向こうに、バカップルは弁当箱の包みを開け始める。
「どーでもいーから先輩、お昼にしましょうっ♪」 「そーだねっ♪」
ご飯の上では御丁寧に、鳥そぼろの中央で炒り卵がハートを描いている。
アレだけのコトがあったとゆーのに。 アレだけのモノを目撃しちゃったとゆーのに。
一香は今日の放課後も、また新宿駅に来ていた。 でも、何をしに来た訳でもなく。
ただ、気にはなった。 事件の事後処理が。(イキナリ世知辛い)
あんな凄惨な事件の後でこの街を往く人々の何が変わって、何が変わってないのかが。
そして、スタンガン持った不思議な少女と、その彼氏らしいドコか陰のある少年が。
(「陰がある」とゆーか、少女の天真爛漫さと相対すれば「陰そのもの」って思えるくらいだったけど。)
少年と少女にそれぞれ言われたセリフ「オマエなら分かるハズだろ」「がんばってね」の真意が。
この全部が全部とも、普段の自分なら気にも留めないかもしれないんだけど。
結果だけ言ってしまえば、目の前の光景は平穏な日常そのもののVTR連続再生みたいなモノでしかなかった。
よーするにTVのニュースキャスターなんかが言うトコの「事件前と変わらず」ってヤツ。
急ぐ人々は模範的社会人像のコピー&ペーストみたいに誰も彼も同じよーに無表情で、群れる人々はTVとかが無駄に騒々しく喧伝しやがる「今流行りの○○」のコピー&ペーストみたいに誰も彼も同じよーにヘラヘラ笑って、家に帰り着く前に忘れ去ってしまう程度のネタがさも世界の全てを破壊するほどの大事件みたいに大袈裟に騒ぎ立てている。
もしかすると誰もが、昨日この駅周辺で起こった高校生同士の銃撃事件なんて、単なる他人事としか思ってないのかもしれない。
あるいは夜のニュースとか朝の新聞とかで知ったそのコトを、この午後には既にして忘れ去ってるのかもしれない。
もしかしたら最初から知ってさえいないのかもしれない。
実際に3人(ソレ以上かもしれないけど、一香はあの後TVも新聞もネットも全然見てないのでホントのトコは知らない)が死んだ銃撃はまだしも、通り魔がナイフで通行者を刺し殺そーとしてたのが未遂に終わったのは、全然報道さえされてないかもしれない。
そして、現に刺し殺され掛けたのが今ココを歩いてる私だってコトも。
(……ま、お陰で今日も平気な顔して歩いてられるんだけどね!)
一香は少しだけ顔を上げる。 思わず、軽い微笑みが浮かぶ。
丁度向こうから歩いて来た、穏やかに微笑み合う男女2人と目が合う。
恋人同士なんだろーか。 心の底から倖せそーな笑顔だと、一香は思う。
稲見美樹子と竹崎裕也の姿が、見知らぬ2人と重なる。 (あー、、、もぅ;)
実は正直稲見が羨ましい。 なんなのあの、昼休みの倖せ見せ付け攻撃はっ!!???
オマエ等新婚さんかよ、ってかもーすぐ竹崎先輩18になるハズだったからもしかしてその日その瞬間に結婚する気満々だったりしねーだろーなっ!?
……十分在り得る気が。
ま、流石にイキナリ結婚しないにしても既にしてもー毎晩毎晩ベタベタのラヴラヴに愛し合っててあんなコトとかこんなコトとかドロドロのグチャグチャになるまでヤリまくってあの穏やかな竹崎先輩とのんびりした稲見の普段からは想像もつかないよーな乱れ雪月花がそりゃもー熱く激しく甘く切なく絶賛展開中なんだろーなとかなんとか……!
いーかげん腹立ってきた。
きっと今歩いて来るあの2人もそんな2人なんだろーなと一香は思う。
そのうち結婚するのか、実はもーすぐなのか、ソレとも既にしてるのか、まー別に結婚しないで恋人同士のまま子供産んで育てたっていーんじゃないの?って思うけどソレは全然別問題として、2人の表情の余りの温かさの向こうに、激怒も憎悪も羨望も嫉妬も怨恨も融け去っていくような気がする。
腹が立たない訳じゃないけど、でも、とにかくお倖せに。 どうか――
バン!!!!!!!
「えっ…………?」 ――音が、時間と空間を凍り付かせた。
そう、昨日この辺りでそりゃもーイヤってくらいに聞かされた――あの音!
他人はソレを『銃声』と呼ぶ。
「えっ…………?」
女性は一香と同じような音声を、同じような音程で発した。
その隣では男性が……ゆっくりと、本当にゆっくりと、床に向かって倒れ込んで行く。
少なくとも一香からは異様なほどゆっくりに見えたし、きっと女性にもそう見えたハズだ。
他の全員にとっては一瞬の出来事でしかなかったとしても。
どさっ。
「いっ…………いやあああああああああああああっ!!!!!」
男性が床に落ちた音が時間の流れを正常に戻す。 同時に、一香の判断力も正常に戻す。
「なんだよっ、またかよっ……!!???」 逃げ出すより先に身体を壁際ギリギリに寄せる。
姿勢も中腰まで低くする。 『ひいいっ……!?』 『うわあああああっ!!???』
周囲の人々みたいに無闇に背中向けて一目散に逃げ惑うよりも、こーする方が次の的になる確率は低いハズだ。
「あっ……あああっ……!!???」
倒れ込んだ男性の隣に座り込んでしまった女性に、一香は近付く。
「ちょっとアンタ、大丈夫!?」 「ひっ……!?」 上体だけを遠ざけられる。
警戒されたか。 「早く逃げて。じゃないとアンタまで撃たれちゃうから!」
「あっ……彼が、彼がっ……!!!!!」 取り乱される。 無理ないか。
「落ち着いてよ、アンタ撃たれてないんだから。生き延びたければ速く走って!」
何故だか思ったけど、とにかくこの女性を助けなくちゃいけない―― 「でも、彼がっ……!」
「いいから黙って立て、とにかく走れッ!!!!!」 「きゃあっ!!???」
――強引に女性の身体を引き上げ起こして背中を突き飛ばす!
女性はそして、振り返る間もなく人波の中に紛れて行く。
(この彼氏は……やっぱもーダメかっ……) 一香はすぐに視線を倒れた男性に移し変える。
直接撃たれた訳ではない口からの出血、というか吐血がおびただしい。
つまり肺か心臓を撃ち抜かれてるっつーコトで、コレじゃほとんど即死だろ――
「なんなんだよっ……!?」
昨日の今日で。 この駅で何が起こってんだ???
「うわあっ!!???」 「なっ!?」
――立ち上がって顔を上げるなり、見知らぬ少年と視線が交差した。
そしてその途端に悲鳴を上げられた。 「ヤっベー、何コイツっ!!???」 「はあ?」
すぐに少年は一香に背中を向けて走り出す。 わけわからねえ。
「………………って!!!」 走る少年の右手に何か、黒いモノが握られてるのが見える。
ドコかで見たよーな―― 「って、コイツがっ……!?」 ――拳銃!
撃ったのは今、一香に背を向けて逃げ去ろうとしてるこの少年なのか?
そうとしか思えないような状況証拠。 でも――
「うわあああああああああああああああああああああああああっ!!???」
――だったらなんで一香に銃を向けず、ただ一目散に逃げ出したのか?
いっそ気付かれる前に撃ち殺すコトだってできただろーに? わけわからねえ。
「待て、バカ野郎ッ!!!撃たれたくなけりゃ止まれよっ!!!!!」
流石に他人がいなくなってきたのでそんな脅しも平然と言う。
なんせ実は今日も、一香の鞄の中にはちゃんと『抑止力』が潜んでるのだから!
「ヤだよ……なんで撃つんだよっ……!!???」 当然、少年が止まる訳は無い。
「ったくっ……!」 だからって一香も安易にアレを取り出して行使したりはしない。
中央東口から駅の外に出て南へと向かう少年。 追う、一香。
っつーか自分は他人撃っといて自分が撃たれるのはイヤって、フザケんなよ?
「テメェこのッ――」 更に、追う。 追う。 地面を蹴る。 走る。
全力疾走へと加速を強める。 途端に―― 「来るなよっ!!!!!」
「げッ!!???」 ――ヤツが振り返り、一香に銃口を向ける!
反射的に一香は左へ身体を翻し――
バン!!!!!!!
「っ……!」
――銃声と同時に体勢が崩れ、滑って転んで左肩から地面に激突する。 「っの野郎ッ……!」
強打ってくらいの勢いだが撃たれるよりかは全然マシだ。
20mは距離が離れてた分だけ、銃口向けられたの見てから射線外して十分回避できた。
ったく、だからってあーゆーの持ってるヤツ迂闊に追ッ駆けるモノじゃねーな!
「野郎ッ……!」 すぐには立ち上がらず、視線だけを少年に向けたまま地面に伏せ続ける。
こんな転び方しといてすぐ立ち上がったら実に良い的だ、ってなくらいは普通に分かる。
少なくとも自分が撃たれる事態だけは避け――
バン!!!!!!!
バン!!!!!!!
「って、おいっ!!???」 ――他人が撃たれた。
一香の視線の20m先、少年は何の迷いもなく手持ちの拳銃の引き金を引いている!
銃声2回分、通行人2人が少年の周囲で倒れ込んでいく。 「マジかよ野郎っ……!?」
20m先にいる少年の表情が、すぐ間近にいるみたいにハッキリ分かる。
口元が気持ち悪いくらい楽しそーにニヤついてやがる。
目元は逆に笑ってないどころか、虚ろにさえ見える。
なんなんだ。
なんなんだ一体――
(わけわかんねーーーーーーーっ!!!!!)
少年は新宿駅東南口前をも殺人現場に変えると、更に南へ向かって再び走り出した。
ソレを一香も再び追い駆ける。 本来そんなコトする必要もないハズ、ってコトは忘れ去って。
とにかくまずは、今撃たれた2人の生死を確かめて―― 「うわッ;」 ――即死。
1人は額のほぼ中央を正面から、もう1人は心臓のほぼ中心を背面から撃ち抜かれて。
4発撃って、3人即死。
ココまで来ると偶然即死コースに飛んだとかじゃなく、かなり正確に狙ってると思われる。
一香ももしも、あの1発の射線外してなかったら―― 「?」
――ふと、今死体になったばかりの2人の傍らに、何か白いモノが置かれているのに気付いた。
長方形の形状と大きさからすると、未開封っぽいポケットティッシュだろうか。
……しかし、何故に? 「……なんなんだよ……?」
額を撃ち抜かれた化粧の濃い小太りの中年女性の死体をなんとなく避け、新入りサラリーマンらしき青年の死体の隣に置いてあるソレを拾い上げて、見る。
表向き、何の変哲も無い。 裏返してみると―― 「げッ;;」
――奇妙に歪んだ紅い文字で、何か書いてある。
「罪もない命を奪って申し訳ございません。ざまーみろ」
……さっぱり訳の分からない文言だ。 「申し訳ない」のに「ざまーみろ」かよっ。。
しかもこの、少し黒ずんだ紅い文字は。血か。血で書いたのか。
「殺人と殺戮が楽しくて仕方ありません。安らかにお眠り下さい……」
「うわあっ!!???」 すぐ背後からの声に一香は慌てて振り返る。
すると、見覚えのある小柄な少女が。 「あ、久し振りだねー」
明るく温かく柔らかく少女は微笑む。銃殺死体のすぐ隣には到底似つかわしくない。
「久し振りってコトはない……と思う」 そりゃそーだ、昨日会ったばっかしだから。
しかも何の因果か昨日と同じく銃撃殺人事件が起こってるまさにその最中に。
一香を1度ならず2度までもスタンガンで助けてくれた、あの不思議な少女だ。
なんつってもイキナリ頬にkissしてくれた少女だ。
「かなりの腕前だねー。1発で確実に死ぬトコ撃ち抜いてるもんねー」
「ソレは……私も思った」 「強敵だねえ」 「ソレ、『とも』とか読まないよね?」
自分何言ってんだと一香は一瞬思う。少女が余りにも淡々としてるのに引きずられてるか。
「ひとまず、一樹くんと会ってからどーするか考えよっか」
「一樹、って……昨日一緒にいたアイツ?」 「そ、あのカッコ良い一樹くん!」
この名前が出た時の少女は本当に嬉しそーだ。
隣のオバちゃんの死体はこんな少女をどう思うだろう?
……って、「どーするか考える」って、、、
(「どーにかする」、ってコトかよっ!!???)
「じゃっ、一樹くんトコ行くよっ!!!」 「えっ!?あっ??はいっ???」
一香が何を考える間もなく少女は彼女の手を思いっきり引いて、思いっきり走り出している!
(しかも私巻き込むの既にして完全確定路線かッ!!???)
……いや、だから、、、ちょっと待て。 殺 す 気 か?
某外資系セルフカフェのプラスチックカップに入った、不透明な薄茶色の液体を手渡された。
たぶん……ミルク入りの珈琲だとは思う。 「泥水……ってオチはないよネ?」
目一杯疑って、一香は少年に尋ねる。 「『きゃらめるまきあーと』だよ。美味しいよっ?」
カップを一香に手渡した少年ではなく、彼の腕に抱き着いてる少女が答える。
思えば昨日もかなり長いコトこーやって抱き着いてた気がする。見せ付けやがッて。
「そう、具体的に商品名出されちゃ割と信じるっきゃないかなー;」
なんとなく苦笑いが浮かぶ。見せ付けやがッて。
「あんな正確に狙い定めてくるヤツに迂闊に近付くのは危険だ。ヤツに気付かれないうちに背後を取るか、高い位置から狙うか――」
「はいあのちょっと???」
なんか勝手に話進められてるのが一香には納得いかない。
っつーか、迂闊じゃなくても近付くの危険なんですけど先生? 「殺れよ。殺れんだろ」
少年は涼しく言い放つ。 「殺れるかヴォケッ!!!!!」 一香は熱く叫び返す。
っていうか、、、もしかしてコイツ等知ってて言ってる? 私の鞄の中のアレのコト。
昨日朝学校行ったらイキナリ机の中入ってて今もそのまま持ち歩いてるアレのコト。
「殺れなけりゃ部外者がもっと殺られるだけだな」
表情1つ変えずさらりとこんな冷たいコト言い放つ少年の名は、水鏡一樹。
「流石に今のトコねー、ソレはマズぃと思うからー」
こんなコト言いながらでも楽しげな笑顔を崩さない少女の名は、宮辺藍奈。
きっと2人は恋人同士。 見せ付けやがッて。
「んなコト言ってんだったらアンタ等が殺ってくれば?私の鞄の中身貸してやるから――」
そーだよ最初ッからそーすりゃいーじゃんよ、と一香が思いついて言い掛けた瞬間!
バン!!! バン!!! バン!!!
「――わっ!!???」
距離は遠かったが銃声が3連発、聞こえてきた。
驚いた拍子に危うく床に落としそーになったカップを一香はなんとか捕まえる。
「あーっ、間一髪ってヤツだねー」 「そっちかよっ」
「……上か。ずっと上の階だろーな」 「んなコトぁ分かるよ」
一樹という少年に釣られて一香も上を見る。当然、この3階の天井しか見えないが。
「三手に分かれる」 「は?」 三手、って。
この水鏡一樹という少年が単細胞生物よろしく2人に分裂するとかじゃなければ――
「私が非常階段潰しとくから、一樹くんが通常階段から行くんだね」
そんなコト言ってる宮辺藍奈の影が座頭ONEに対するえでぃー君の如く本体から独立して行動するとかじゃなければ――
「どーしたってエスカレータは目立つから危険だな。確率的にはエレヴェータの方が――」
「私に逝けってのかッ!!???」 ――ってコトかよ、テメー等。 何の冗談だ。
「逃げ道は出来るだけ潰しとかないとな。逃げられる可能性が高まる」
「あーそー」 余りにも当たり前のコトをやけにもっともらしく言いやがる。
そして次は「どんな銃弾も当たらなければ痛くない」とか言うのか。言うんだな。
「大丈夫だよ。一香ちゃんなら――」 藍奈はやけに真剣な眼差しで一香に迫る。
「ちょっ、、、宮辺さん???」 「藍奈でいいって、言ったじゃない……」 「えっ」
イキナリ唇を重ねられる。 本当にイキナリ。
しかも、10秒間も。
「ん……ふふっ♪」 子供っぽい藍奈の笑顔に不敵な色が加わってる。 「はあ……;」
昨日は頬に今日は唇に。 一体この娘はどんな教育されてるのかしら。
(でも……ちょっと、気持ち良いかも……)
「あーもぉっ、殺りますよ殺りますよ、殺ってやりゃいーんでしょッ!!!!!」 半分自棄。
引くに引けない気分。 一香はエレヴェータの昇りのスイッチを叩く。
先程の銃声の大きさからすれば、相手がいるのは7階か8階だろーと水鏡一樹は言っていた。
一香達3人がいた3階にもソレなりの音量で響き渡ったのだから、そのくらいなんだろう。
「殺るよ……殺ればいいんだろ……殺るしかないんだから……」
一香1人を乗せて上昇する箱が4階を通過し、5階を通過するその間に、自分自身に言い聞かせる。
6階のランプが点灯するあたりで、7階に到達して扉が開いた瞬間に殺るか殺られるかの想定を始める。
もしもヤツがその瞬間を狙って撃ってきたらコチラは即死亡だ。
でも、もしも普通のヒト達が普通に到着待ちしてたらコチラは危険物扱いだ。
ドチラを想定しても無難な方法として、ドア脇のスイッチパネルあたりに位置取る。
やがて間もなく、箱は7階に。
いつもは目的階のランプが点灯した瞬間から押し続ける『開』のスイッチに、今日は流石に手を伸ばさない。
扉が自動的に開くのを待つ――
「………………!」
――誰1人も、一香と箱の到着を待ち構えてはいなかった。
ソレは決してこの階に誰もいないってコトを意味してはいないので、警戒は解かないし、鞄の中からイキナリ例のアレを取り出して構えてみるってコトもしない。
まあ、今更ヒトが大勢いるってコトもある訳なかったが。 というか見た目、誰もいない。
平日の午後、夕方前にしても、いくらなんでも静まり返り過ぎてる。 「流石に……ね……」
逃げるよね、普通に。 あんな銃撃野郎が平穏な日常の中に割り込んで来たらさ。。
っつーか、私が逃げたい。 逃げ出したい――
――けど、もしも階段から昇って来る2人ドチラかの前にヤツが現れてたら?
(カッコ悪ィよな……見捨てて逃げるってのはさ)
2人に思いを巡らせながら、身を屈めて箱から1歩外に出る。
背後で扉が勝手に閉まり、その向こうで箱はまたドコへともなく移動して行く。
ソレが真上でも真下でも、とにかくコレで一香はすぐには引き返せなくなった。
(ドコだ?野郎ッ……) 右手を胸の前で抱いた鞄の中に潜ませる。
黒く冷たい鋼鉄の化身、火の神の使いの存在する位置を確かめる。
いつでもその能力を発揮させる覚悟を――決める。
っつーか、別にヤツ同様に一発で綺麗に撃ち殺さなくたっていいハズだ。
とりあえず脚でも撃ち抜いて移動能力奪っちゃえば――
バン!!!!!!!
バン!!!!!!! バン!!!!!!! バン!!!!!!! バン!!!!!!!
「…………って!!!!!」 ――考えてるソバから5連発も聞こえてきやがった。
響き方からして、明らかに同じ階から。
位置は――今使ったエレヴェータより北、非常階段とは逆側――隣のビルへの連絡通路の方。
「テメエッ…………!!!」 一体ドコまで地獄に変えれば気が済むんだあのバカ?
もう考える間もない。 射角が射線がどーだとか気にしてられない。 走る。 一直線に。
追い詰める。 止めてやる。 止めてやる―― 「…………よォ」
――まさにその空中の連絡通路の中で、一香はヤツに追い着いた。 「……黙れ。動くな」
鞄の中から銃を取り出して構える。鞄は投げ捨てる。
ガラス張りの通路は左右からはハッキリ丸見えだが、今更気にしてられない。どーせ7階だし。
「思ったより早く逃げられてさ。コイツで最後なんだ」
少年は相変わらずニヤニヤ笑いながら、足下に倒れた人間の頭を蹴る。
子供だ――5歳くらいの。 「黙れっつってんだろッ!!!!!」 一香は叫ぶ。
ホント一体何なのよコイツは。 残虐とか、冷酷とかゆーより、ただひたすら「気持ち悪い」。
「そんな、怒鳴んなくたってもう殺さないよ。弾切れてるし。ホントだよ?」
笑いがニヤニヤからヘラヘラに変わる。ドチラにしても気持ち悪い。
「あんまりヒトいないからついブチキレててきとーなトコ撃っちゃったんだよ。ほら、ソコとか、そのへんとか」
少年は銃身で窓ガラスの方々を指し示す。確かに鋭く穴が穿たれて、周辺に罅割れが走っている。
「っつーかホントさ、撃たないからさ、銃向けないでよねえ?……って、そーか、まだコレ持ってるからか……分かったよほら捨てるからさ?」
そう言ってあっさりと、その銃も投げ捨ててしまう。
だからソレが気持ち悪いんだよバーカ、と一香は思う。 思うけど……声にはならない。
「マジ黙れっつってんだよこのバカ野郎、今更許されると思ってんのかよッ!!???」
こんな怒声なら上がるけど。 でも…… 「何、撃つの?」 少年の笑みが引きつる。
「撃たないよネ?」 両手を高く上げると同時に、腰が引けてくる。 だからソレもっ……!
「いやマジでさホントさ……反省してるよ?悪いコトしたと思ってる。だからさ???」
だからなんだ。 っつーか、今更反省するくらいなら最初からっ……。
「あーそーだよね、どーせ許してくれないよね。撃つんでしょ。いいよ。撃てば?」
居直られた。 「ふざけんなッ……!!!」
2つのビルを空中でつなぐ通路の中、少女の叫び声が幾重にか残響する。
でも……一香にできたのは、怒鳴るだけ。
冷たい拳銃と、ソレを構える両手の間が、熱い汗で濡れてくる。
なのに首筋から背筋を伝う汗だけは冷蔵庫から取り出した直後のミネラルウォーターほどにも冷たい。
「ふざけんなよッ……!!!!!」 もう他に何も思い浮かばない。
肩から先が震えてるのは分かる。けど、他の動きをしてくれない。
動いていいのかどーか分からないし、動かしたいのかどーかも分からない。 動かない。
動けない―― 「やだちょっとマジで……怖ェよ!そんな銃向けんなよッ!!!!!」
――少年が先に動き出した。 しかも、ただ一香に背を向けて走って逃げ出すだけ。
投げ棄てた拳銃なんて置き去りで。 「ッ……待てよッ……!」
そう言う一香の声は弱く、もはや届かない。 走り去る少年をただ、見送るだけ。
遠ざかる彼にハッキリと銃口を向けたまま、引き金を引けずに、
ガクッ
左膝が崩れ、床に落ちる。 続いて右膝も。 左手が右手と拳銃から離れる。
背筋からも首筋からも力が抜けて、もう、入らない。 もう―― 「う゛ッ」
――胸元から喉元に向けて、急激に刺すような熱さが襲い上がって来るのを感じる。
甘味と酸味と無味が中途半端に入り混じった酷い味に、間もなく口の中を支配されて、
「え゛ッ……!」 胃の中のモノが色々。 逆流して来やがッた。
7階空中連絡通路の床に向き合って、一香は吐き出した。
稲見と竹崎先輩がバカップル振り炸裂させながら仲良く食べてたハートのお弁当の横で、半分悪態混じりに喰ってた2本のヤキソバパンだったモノを。
ついさっき水鏡一樹に手渡された、普段はブラックでしか珈琲飲まない一香にとっては随分と甘過ぎるキャラメルマキアートを。
色はもう、透明のプラスチックカップに入ってたそのまま。
噛み砕かれたヤキソバパンのヤキソバと混ざれば「ソバメシフリカケお好み焼きの素」に見えないコトもないかなー、とかなんとか下らないコトさえ思い浮かぶ。
ハッキリ言って。 いやハッキリ言わなくても。
胃の中から吐き返すって、メチャメチャ苦しいのに。
無数の小さな棘を突き刺すように胃酸が喉を焼く。
この床がリトマス試験紙だったら間違いなく真ッ赤に染まってるんじゃないかと思える。
いつもそんな強酸で喰ったモノ消化してる自分の身体の高性能さが今はマジで恨めしい。
こんなバカげた冗談さえ思い浮かんでしまう自分の意識の余裕綽々さが今はマジで恨めしい。
吐いてる喉と見てる目が別々な脳に意識持ってるみたいだ。 「え゛ぁ゛ッ……!!!」
過去8時間以内に喰ったモノ粗方吐き尽くしたってゆーのに、まだ吐き気は収まらない。
胃酸だけが流れ出し続けるこのタイミング。地味に一番キツい。 「がッ……!」
やがてその胃酸も尽きてくる。
なのに一香の喉は、吐き出そうとする動作をすぐには止めない。
「けはッ……!」 鈍い痛みと鋭い痛みが喉の上で交錯する。 「え゛ぅ゛ッ……!」
床に突いた左手の上には強酸性のキャラメルマキアートが降り掛かってる。
甘過ぎるけど嫌いじゃないとは思ったソレも、流石に酸っぱくてヤキソバ混じりのは絶対イヤだ。
そのイヤなのを今、他でもない自分の口から吐き出してた訳だけど。 「あ゛……;」
胃から喉までは落ち着きを取り戻してきた。 「はぁ;」
胃の中にはもう何も吐くモノは残ってないのだから、こーなって当然だろーが。
ならもっと早く落ち着けよと。。 「……大丈夫か?」 背後からの声は水鏡一樹。
「………………」 でも、一香は即応できない。 応じよーにも呼吸がまだ安定しない。
「仕方ないな」 何がだよこの野郎。 と、言いたくても声を出すのが辛い。
「撃てなかったのは仕方ないよな。イキナリ撃ち殺せって言われて、殺れるヤツの方がどーかしてる」
当たり前だろーがこの野郎。と思っても言えない一香の目前に、ドコからともなくモップの先端が現れた。
そしてモップは、一香が吐き出したモノを床から拭い去っていく。
「なっ……ちょっ……!?」 「こんなコトだろーと思ってたからな」 「ばっ……!」
バカにすんなこの野郎!と思っても、まだ声にするのは辛い。
ってか、「こんなコトだろーと思ってた」って……吐くトコまで含めてか?だからわざわざモップまで用意して来やがったのかっ!?
「でも、ソレでいいんだ。だからオマエなんだって、少し分かった気がする」 「はぁ?」
一樹が1人だけで納得してやがるのが一香には納得行かない。
「うん……一香ちゃんなら、きっと終わらせてくれるね」 「えぇ?」
いつの間にか来てた藍奈も一方的に確信してる。 ってかマジ、終わらせるって……何を?
大体、今まさに2人が期待してたコト全然出来なかったトコだってゆーのに???
「ねぇ……だから私だとか、終わらせるとか、何のコトなの?」
胃酸に焼かれて激しく痛む喉から声を絞って、2人に尋ねる。
「ソレはそのうち、イヤでも分かる」 「大丈夫だよ、一香ちゃんは一香ちゃんだから」
「……分かんねーよ」 ってかむしろ、分かりたくもないってーの。。
昨日の今日でこんな危険な現場に立ち会わされるって何。何なの。冗談じゃねェ。
そんな一香の内心をさて置いて、藍奈がドコからか持って来た濡れた雑巾で、一樹がモップで拭った後を拭き始めてる。
「でもゴメン2人とも……手、汚させちゃって……」
一樹はどーでもいいけど、藍奈にこんな仕事させてると申し訳なく思ってしまう。
「……別に構わないよ。片付けたら速攻逃げるから準備しとけ」
素ッ気なく返してくるのは一樹。「アンタには言ってねえ!」と内心思う一香。
「そーだ、手とか、洗って来なくちゃ……」
吐いた胃酸ブチ撒けたせーか、左手がムズ痒くなってきた気がする。
しかし立ち上がろうとしても……まだ、脚に力が入らない。 「あれ……?」
「……立てない?」 「バカにすんなっ!」
一樹に声掛けられてなんかムカついたので叫び返したら、刺すような痛みが喉に迸った。
キツい。 「バカにしてる訳じゃ、ないんだけどな」 「えっ!!???」
モップを藍奈に手渡した一樹が背後に回り込んで来たかと思うと――
「ちょっ………………!」 ――抱き上げられた。
後頭部と膝裏で抱えられる、いわゆるあの「姫抱っこ」ってヤツで!
「やっ、やだ……こんなっ……」 マジ恥ずいんですケド。
っつーか涼しい顔してなんかコイツ殺るコト成すコトいちいちヤらしい。
『新宿駅発砲少年 自首』なんて見出しで、夜のニュースは騒いでた。
つまりどぉやらあの野郎、一香に銃向けられて逃げ出した後すぐにオトナしく警察に出頭しやがったってコトだ。
バカげてる。 実にバカげてると一香は思う。
アレだけ楽しそーにヒト撃ち殺してて、殺した先から「申し訳ございません。ざまーみろ」とか訳分からないコト言っといて(死体の傍に置いたポケットティッシュに血みたいなモノで書いてあったアレだ)、拳銃の弾丸切らすなり投げ棄てて逃げ出して、そして最後が自首か。大した御身分だなヲィ。
ざ け ん な。 コチラがテメェ1匹のせーでどんな目に遭わされたと思ってやがんだ?
アレだけ理不尽極まり尽くした殺人劇の幕切れが「自首」って、なるほど最後の最後まで徹底的に理不尽なんだろーな。
その1点だけはあの名も知れない少年は確実に一貫してたと一香は思わないコトもない。
そんな理不尽さはTV的には打って付けのネタってヤツなんだろーか、事件翌日に少年の自宅が警察に家宅捜索された後には尚更騒々しく、TVは彼の人となりを報道し続けた。
成績は優秀で友人も多く、サッカー部のキャプテンや生徒会長も務める活発な生徒。
マジメ一辺倒と見せ掛けて部活動のない日には学校の敷地内で缶蹴りや凧揚げに熱中してるよーなお茶目な一面もあったりする生徒。しかし、一香が意外と思ったのはこの点だけだ。
(今時「缶蹴り」で「凧揚げ」なんて、殺人者じゃなくても十分珍しいってだけで。っつーかソレ言ったら一緒に熱中してる彼の友人達だってどぉかなーみたいなー)
このテの若年殺人者に度々見られる「成績は普通」「友人は少ない」「学校では大人しくてほとんど目立たない」「TVゲームに熱中し過ぎる」という傾向が全く無いのは、大した問題じゃない。
少年の部屋からはTVゲーム機どころかパソコンの1機さえも押収されなかったとかゆーけど、重要じゃない。
持ってる携帯電話は液晶画面が白黒な上、折り畳み式でないほど古いタイプなので到底ゲームなんて出来ないとかなんとか、そのへんもどーでもいい。
(TVのヒト達ってば、ソコまでしてゲームと結び付けたいのかと。。。)
その割にはこのテの事件が起こる度にTVに出て来て偉そーなコトばっかし言ってる「専門家」とかってヤツ等が相変わらず「最近の若者はTVゲームのやり過ぎで、現実と虚構の区別が出来なくなっているのではないか」とか言ってやがッたけど、「親が買い与えたTVゲーム機に見向きもせず、日が沈んでもサッカーボールを蹴り続けていた小学生時代」なんてエピソードまで語られた少年が、一体何をどーやってやり過ぎるくらいTVゲームを続けてたとゆーのか、その点の説明は無い。
あろーがなかろーが元々説得力ゼロなんでどーでもいいったらどーでもいいけど。
「まさか」 「そんな」 「信じられない」
なんて声(音声は変えてあります)ばっかしを、同じ高校の生徒(顔は全面モザイク掛かってましたのでホントにそーなのかは分かりませんけどね!)から拾い上げるTV。 ドコのどんな生徒が人殺したって出て来るこの言葉は、相変わらず一香には何のリアリティも感じられなかった。
実際殺されそーになった身としては殺意の根源がドコだとかゆーより、殺意の存在そのものがリアルだったから。
コチラが殺されそーになったってコトはアチラが殺すつもりだったってだけのコト。
「動機の解明が急がれます」なんてニュースのアナウンサーは言ってるけど、たぶん動機なんて何も無いだろーと一香は直感する。
っつーか、してた。ビル7階で直接対峙した時点から。
犯行内容も結末も徹底的に理不尽なんだから最初からして理不尽なんだろう、ってだけの話。
っつーかマジでオマエ等さ、ソレより犯行に使われた拳銃の出所突き止める方が再犯防止には全然有効じゃね?なんて一香的には思うのだが、「優等生の心の闇」ってヤツの方がTV的には面白いってだけなんだろーな、どーせ。
ソレを暴こーとすればするだけ、そんなモノ微塵のカケラも感じられない少年の余りにも普通な人間性が浮かび上がるばかりだったが。
拳銃の入手方法について、少年は「分からない。気が付いたら持ってた」とゆう。
銃撃した動機だって同じだ、「分からない。気が付いたら撃ってた」とゆう。
たぶん両方とも真実だろーと一香は思う。
少なくとも拳銃の入手に関しては自分と全然同じだから。 あとはもうしらない。
ただ、彼は撃って、自分は撃たなかったってだけのコト。
ソレ以上でも以下でもなく。
ところで全然関係ないけど、ソレにしてもあの水鏡一樹ってヤツはなんでどーやって、余りにも巨大なあの大都会の中で余りにも確実に人気の無い場所を選択して移動できるのか。
お陰で一香も公衆の目前で「姫抱っこ」とゆう最凶クラスの羞恥プレイを受けずに済んだが。
でもアレは……思い出すだけで顔から火が出て近所一体を焼け野原にしてしまいそーだ。
拳銃撃てずに崩れ落ちたコトよりも、その直後余りの気分悪さにその場で吐いちゃったコトよりも、どーゆー訳か彼に抱き上げられたコトばっかしが今の一香の記憶には鋭く焼き付いてたりする。
あー、、、あと宮辺藍奈と唇重ね合った(てか一方的に重ねられた)コトも。
次に逢ったら舌入れられるかな。
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