首都ヴァステホルムには既にして、兄フレイ・ローテソンは居なかった。
少なくとも噂の半分が真実だってコトは到着後7分で確定した。
「だとしたらホント……兄さんは今ドコに……?」
トーアが王立魔術研究所の前に立つなり、鮮烈な紅い髪の男が声を掛けてきた。
フレイ・ローテソンならココにはいねーよ、と。
とてもぶっきらぼうと言うか、ドコか投げ遣りなその男は、ハルデヴァルト・リュングベリ。
研究所での兄の同僚だと自称してた。
その後、そのリュングベリ氏に連れられて、なんと女王の待つアーデンツ王宮へと案内された。
更にその女王に、王宮の秘宝『蒼の星石』が安置されて「いた」、祭壇の間へと通された。
過去形で記した部分を強調した通り、既にソコには王宮の秘宝は置かれていなかった。
問題の噂の残り半分も真実だってゆーのが、この時点でほとんど確定。
「ソレに兄さん、一体何考えてるのかなあ……」 「………………」
ちなみに現在トーアの傍らには、1人の少女が同行している。
アルティナ先生から一緒に連れて行くように言われた、セレナ・S.ストリッドという名の少女だ。
当然1人で行くつもりだったトーアは何故この少女を連れて行くのか尋ねたが、アルティナは理由を何も言わず、当の少女は更に何も言わなかった。
というか、少女本人の声を未だに一言も一音も聞いてない気がする。 「……あはは;」
トーアのコートの袖口を軽く握って寄り添う、余りにも無口な少女。
2歳くらい年下だろうか、ソレにしても小柄なトーアより更に小柄で、考え様によっては可愛い妹のようにも思えないコトもなく。
と言うか実際かなり可愛い。いや決して疚しい意味じゃなく。
ソレはともかく、とにかく本当に大人しい、極端に物静かな少女だった。
そう思えば騒々しくて何やらかすか分からないミラに同行されるよりかは全然マシか。
当然、今ヴァステホルムに来てるコト自体ミラには知らせてない。
知られてたらそりゃもー後先考えず突撃して大変なコトになるでしょう。
ソレにしても……2人一緒なのに会話という会話が決定的に成立しない時間帯が続く。
「あの、セレナさん……?」 一声掛けるも戦々恐々。
元々トーア自身口数が多い訳じゃなし、女の子と話すなんて尚更不慣れだし。
(ミラは突ッ込み所満載だから、ある意味そのへんの指摘だけで会話成り立つのだけど)
更に返答という返答が徹底的になされないのだから、話のしよーも――
「セレナ、でいい」 「……あ、そーなの?」
――あった。 辛うじて。
ってか今初めてセレナの声を聞いた。途方も無く小さな声だったけど。
行き交う人が非常に多いこのヴァステホルム中央駅構内で、良くも聞き取れたモノだ。
見た目も可愛いけど声も可愛いかな、なんて余計なコト1つ思い浮かぶ。
「じゃ、セレナ――」 「………………」 「……あははっ;」
名前呼んだ瞬間に黙りこくられたら苦笑するしかなく。 会話再び不成立。
「仕方ないなあ……コレからドコ行けばいーんだろ……?」
兄を追うしかないのだろーけど、だったらそもそもその兄はドコへ向かったのか。
「…………来る」 「えっ!?」 何が?と問う、いや思う間もなく――
「なっ……!?」 ――凄まじい力でトーアの腕が、いや全身が引っ張られ始める!
「はわぁあああああああああああああああああああああああああああああっ!!???」
セレナが走り出したのだ。 勿論、トーアの袖を強く固く握り締めたままで。
「来る……!」 「だっっっ、だから何がああああああっ」
一心不乱、セレナは駅舎の中の不規則な人々の流れを掻き分けて外へと突撃する。
ソレにしても異常な加速力でトーアの三半規管は激しく揺さ振られ掻き乱される。
っていうか……こんな小っちゃな彼女のドコに……こんな異様な腕力そして脚力が……。
駅舎の向かいにそびえ立つ王宮の塔の少し上から、冬の終わりの太陽が街を照らしている。
「………………!」 その強い輝きを前に、セレナは思わず目を細めて立ち止まる。
しかし、天空高い太陽を遮る、大きな黒い影が舞う。 「鳥……じゃない」
「な、なに……?」 セレナの猛スピードで揺さ振られ、頭の中で脳だけが逆回転してるよーな感覚に陥ったトーアも、セレナの小さな声に釣られて空を見上げる。
その先で天を舞うのは―― 「……なっ!?」
――本当に本当に、大きな大きな黒い鳥の影。 「………………嘘っ」
トーアの瞳には確かに、その余りにも巨大な姿が捉えられていた。
しかしソレは余りにも巨大過ぎて、俄かには現実のモノとは信じ難かった。
思わず周囲を見渡し、駅の入り口で自分達と同じく太陽の方向を見つめる人々の顔を、目の前にいるセレナの栗色の髪を、足元を彩る3色のモザイクタイルの幾何学模様を次々と見渡し、そして瞬時に自分の右手と左手を交互に見比べて両方とも指が5本ずつあるのを確認し、そしてもう1度、太陽のずっと手前でその輝きを遮ろうとする巨大な鳥の影に向き直る。
そのドレもコレもが見間違いなんかじゃないと改めて確信。 (……冗談じゃないっ……!)
驚愕する彼の瞳に、巨大な鳥の影は「漆黒」を通り越した「暗黒」にさえ映る。
ドス黒く澱んだ空気が強烈に渦巻くような気配を感じる。
そう、セレナが「来る」と言ったのは、間違いなくコイツ――
「『魔獣』っ……!」
――間もなく、黒い影が空と風を斬り裂いて迫り来る! 「ええっ……!?」
トーアが魔術を準備する余裕も無く、巨大な黒い鳥は高速度で急降下して来る!
(殺られるっ……!?) 「させるかあああーーーーーっ!!!」
刹那、余りにも聞き慣れた少女の声がトーアの耳に飛び込んで来た。
その声の主は、間違いない―― 「ライトニングっ!!!!!」
――ミラ=クレット・ハイランダー。
毎度ながらに桁外れた威力の攻撃魔術『稲妻』が飛び出して来てるのだから間違いない。
「ミラ……なんで……?」
トーアの疑問を他所に、『稲妻』は天空の黒い鳥目掛けて突き進む。 そして――
「あったれーーーーーーーーーっ!!!!!」
――放った本人の叫びとは裏腹に、迫り来る鳥の遥か下方へと機動を逸らして行く。
そんな『稲妻』を一応は避けようとしたのか、巨大な影は再び翼を広げて高く舞い上がった。
一方、少女が放った『稲妻』は大抵の魔術がそうであるように後発的にその軌道を変えるコトはできず、そのまま王宮の一角にそびえ立つ塔の最上階付近を直撃した。
『うわあっ、城に当たったぞっ!?』 『何やってんだっ、あの女の子!!???』
ドゴォォォォォォォォォォォン!と、爆音だけが轟いた。
「はわわ……;」 アンタのっけから殺り過ぎだろ、とトーアが頭を抱える。
「もうっ、避けられてなきゃ当たってたのにぃ〜〜〜〜〜っ!!!」
そう叫びながら駅舎の中から姿を現した、緑色の長い髪をツインテイルに結わえた少女。
ソレは間違いなく、ミラ=クレット・ハイランダー。
「避けられてなくても当たらなかったと思うけど……。ってかミラ、なんでココに?」
「なんで……って、なんか化物っぽいの出て来たし。トーアがピンチかなって思って」
「そっちじゃなくて。なんでヴァステホルムまで来てる訳?」
黒い鳥が浮上して地表から離れた隙に、トーアはミラに問う。
「今更そんなコト言ってる場合じゃないでしょ。あの化物やっつけなくちゃ!」
「ぐっ……。そっ、ソレは確かにそーだけどっ!!!」 正論を返されてトーアは一瞬怯む。
「よぉーーーしっ、今度こそっ!!!」 「ちょっ……ちょっと待って、ミラ!」
このままじゃ街の人々にとって最大の脅威は暗黒の巨大鳥じゃなく見境なく暴走する少女だろーとトーアは予感した。
「えーーーーーっ、なんでダメなのっ?」
「とにかく落ち着いてっ!僕がなんとかするからっ!!」
彼女の攻撃魔法の効果の不安定性はリカレス魔術学院の教官以上に彼が最も良く知っている。
十分な耐魔法建築が施された魔術学院の校舎ならまだしも、この無防備な大都市の中心部でソレが(当然、本人には全くその意志もなく)暴走したら……もー兄を探すどころじゃない――
「……また、来る」 「えっ……もうっ!?」
――トーアの考えが巡る間にセレナが呟く。
相手の行動の速さはトーアに戦術構築の余地を与えない。
空を見上げるとセレナの言う通り、黒い影は既に2度目の降下を狙う態勢に入っている!
「くっ…………!!」 対峙するトーアは慌てて魔術の詠唱を始める。
しかし相手が凄まじい速さで近付いてくるのに、ソレを迎え撃つ彼の魔法力はなかなか発動点まで集中し切らない!
(間に……合わないっ!!???)
巨大な鳥の頭部で2つの紅い眼が不気味に光るのが視認できる。
ソレほど相手が間近に迫ってるのに――いつもなら軽く使えるハズの初級魔術『突風』さえ、何故か今のトーアにはイメージできない――
「うわあああああぁっ!!!」
「……危ない」
――刹那、そんなトーアに白い人影が駆け寄る。 ソレは本当に本当の「刹那」。
「――――――!!!!!」
急襲する黒い影から逃れようと駅前の人々が走り出す中で。
小さなトーアの身体は宙に舞った。
「………………う゛;」
地面にぶつけた腰を抑え、トーアが立ち上がり掛ける。
どーやら誰かに突き飛ばされたらしく、黒い影が目と鼻の先にまで近付いてきた辺りで身体が急激に軽くなった気がして、次に気が付いたその瞬間に腰を打ったよーなカンジだった。
「一体何が……?」 「……はうぅ;;」
隣には一緒に突き飛ばされたであろうミラが倒れていた。
自分が無事なのだから彼女もたぶん無事なのだろうとトーアは根拠なく思う。
少なくとも2人まとめてあの巨大鳥のエサになったりしてはいないコトは確かっぽい。
「にしても……」 一体誰が、と背後の方へ頭を向ける。
今まですぐ前に立っていたハズのヴァステホルム中央駅の駅舎が少し離れて見える。
ソコまで目測で10mはあるから、余程の力で跳ね飛ばされたのだろう。 「……間一髪」
今も駅舎の前に立つセレナの声はやはり小さく、トーアには聞こえない。
しかし、彼女が瞳で何か語ったように彼には見えた。 (……まさか。まさか、ね……;)
トーアは改めて空にその眼を向け、黒い影の位置を再び確認しようとする。
「……まだっ……!」
この一瞬の攻撃を失敗したらしい黒鳥は再び空へと舞い上がっていた。
様々な方向へと走り去る人々にはまだ、危害は及んでないように見える。
今すぐに決着を!と意気込み、トーアは今度こそとばかりに魔術の詠唱を始める――
(……速いっ!!)
――黒鳥は重力の加速をソレほど大きく得られない低高度から降下してくる。
にも関わらず、トーアには自分を狙ってくるその軌道が判断できない!
どんなコースを狙ってもあの巨大な鳥には当たらない、回避される、そんな悪い予感。
その悪い感覚が魔法力の集中を少しずつ遅らせる。 (……殺られる……!?)
相手との速度差。 相手との高低差。 そして何より相手との能力差。
その全てを把握できてない気がする。 迫り来る黒い影。
引き続き集束を拒む自分の魔法力。
さっき誰に突き飛ばされたか分からないけど、明らかに2度目は期待できない状況。
その全てが今度こそ確実に自分の終末を約束して―― 「!!???」
――しかし、彼の眼前にまで迫った暗黒の大鳥を狙って駆け抜ける白い影。
いや、白い影と言うよりむしろ――白い「風」! 「セレナっ!!???」
黒い影の降下速度よりも明らかに速く、刃物のように跳び掛かる白い軌跡。
ソレが他でもないセレナだとトーアは空気の流れから直感した。 (……どうして……!?)
一瞬の交錯の後に白が黒を跳ね除ける。 白い影は何事も無かったかのように着地する。
「……また、間一髪」 誰に言うとでもなく呟く小さな声は明らかにセレナだ。
「………………!?」 って、彼女の素性に探り入れてる場合じゃない。
再びトーアは天空へと眼を向ける。
黒い鳥は再攻撃の態勢を整えようと、またしても上空高く舞い上がってる。
しかしセレナに蹴られた(ように、トーアには見えた)ダメージが残ってるのか、その動作は以前と比べると明らかに緩慢だった。
「今だっ……!」 これならなんとか当てられるとトーアは確信する。
「よっしゃあ喰らえこのカラス野郎ッ!!!」
続けていつの間にか立ち上がったミラも叫び、トーアより先に魔法をセットアップする。
ってか、既にこの一瞬のうちに唱え終えようとしてる! 「……って、ミラまたっ!!???」
トーアの叫びも虚しく、並みの魔術師なら一瞬でドライヴ出来るハズのない強大な魔法力が一気に集束する。
魔法力は雷撃の魔術として具現化され、無慈悲なる破壊者と化す。
そして、天高くから降下して来る巨大な黒鳥目掛け―― 「ライトニングっ!!!!!」
――蒼白い『稲妻』の束は当たり前のよーにその軌道を逸らし、ヴァステホルム中央駅の中心にそびえ立つ遥か高い時計台を直撃。
(……やっぱりこーなるのねっ;;)
トーアは頭を抱え、直視に耐え兼ねて地面に膝を着いた。
『うわぁっ!!???』 『なんだっ、何なんださっきからっ!!???』
駅の中から外から、彼方此方から次々と人々の驚き慌てふためく叫び声が上がる。
最新の魔術設備/電気設備が張り巡らされたヴァステホルム中央駅の駅舎を高電圧の雷撃が直撃したのだから、何も起こってない訳が無い。
「……はずれ」 「はうぅ……;;」 セレナに改めて言われなくても状況は一目瞭然だ。
(せめて建物には当てないでよぅ;;)
傍目から見れば迷惑なのは明らかに「カラス野郎」じゃなくミラの方だろう。
そんな彼女と会話してた自分も同類に見られてんじゃないか?
「あっちゃ〜〜〜、またやっちゃったよ〜〜〜」
魔術学院の校舎の窓ガラスを割ってしまった時のような口調でミラが苦笑する。
今の魔術が直撃したコトで駅の中がどーなったか、彼女は想像もしないだろう。
「だからちゃんと集中して狙えっていつも言われてるのに……」
「あははっ。そりゃ確かにそーなんだけどね〜〜〜」
トーアはアルティナ先生他魔術学院教官の受け売りを売り直す。
が、当のミラには相も変わらず悪びれた様子など微塵もない。 「……あのねぇ;」
ああせめてバツが悪そーな顔くらい見せてくれ。
「……って、こんなコトしてる場合じゃなくてっ!!!」
そう叫びつつトーアが天空を見上げた時には既に遅かった。 「しまったっ……!?」
彼等が集中力を切らした一瞬で巨大カラスは体勢を立て直し、暗黒の力を増大させていた。
今まで以上の高みから今まで以上に複雑な螺旋軌道を描きつつ今まで以上の高速度で急降下してくる暗黒の影!
その額に今まで見えなかったハズの第3の「眼」が開いているのだけが、何故かトーアにはハッキリ確認できた。
(……マズいっ!)
リカレスの森で遭遇した「クマさんと狼さんの間の子」の、4つの紅い眼が思い出される。
通常の生物には有り得ないソレ等の眼はきっと、「魔獣」がその能力を飛躍的に高める証!
この前は相手が遅かったからなんとかなったけど、今回は元から速いのが更に速くなって――今更自分の魔術なんて当たるのか?
「………………!!」 暗黒の渦が自分を呑み込もうとするかのような感覚。
天空から迫り来るハズのその影が地の底へと自分を誘おうとするかのような錯覚。
思わず目を閉じて(終わった――)と、 思い掛けた一瞬――
――巨大なカラスはバラバラに斬り裂かれた。
何らかの力によって斬り刻まれた巨大カラスの黒い羽毛が駅前の道に舞い降りる。
1枚1枚の羽毛の縁に、魔法力の残滓のような蒼白い輝きが浮かんでは消える。
現実と幻想の狭間のような光景の中、トーアは自分の命がこの場に存在し続けてると確認する。
「あれっ……!?」 生きてる。 他に何とも表現しよーのない実感。
その実感が現実に溶け込んで頭の中が少しずつ整理され始めると、トーアはまず真ッ先に誰が自分を助けてくれたか考え始め、慌てて左右を見回した。
「ったく、何マヌケに首振ってんだテメー!!???」 「えっ……??」
しかし、彼を呼ぶ声は彼の背後から届く。 その声の主はミラでもセレナでもない。男だ。
「リュングベリさんっ……!!???」
いつの間にか自分の背後に仁王立ちしていた紅い髪の男の顔を見て、トーアは叫ぶ。
「やれやれだぜ……なんか騒がしーと思って来てみりゃこのザマかよ」
吐き棄てるように言い放つこの男こそ、ハルデヴァルト・リュングベリ。
兄フレイの失踪の真相を確かめにヴァステホルムまで来たトーアに事件の一連の経緯を説明したのが、他ならぬこの青年だった。
ちなみに兄の同僚であると同時に、リカレス魔術学院の卒業生でもあるらしい。
「しかしよ、オマエならあの程度のバケモノ如き簡単に仕留められんじゃねーの?」
「そんなコト……ないと思います」 紅髪の男の問いに、トーアは力なく答える。
実際にその通りだと交戦中に幾度となく思い知らされたからその通り答えたつもりだ。
「相手の動きが速過ぎて何もできませんでしたから」
その動きの速さに対応できず冷静さを失ったというのは言い訳にならない。
戦闘中は常に冷静でなければならないというコトは何度も兄から言い聞かされていた。
つまり冷静でいられれば勝てたとは言えず、冷静でいられなかった時点で既に敗北。
「ったく、何言ってんだこの優等生ちゃんが! 教わったコトしかできねーってかっ!?」
リュングベリは頭を抱え、20cm高い位置からトーアを睨み下ろす。 「………………」
そんな彼に威圧された訳ではないが、トーアは何も言い返せなかった。
自分が劣等感を抱え込んでいた、まさにその部分を直撃で指摘されたからだ。
兄と自分との絶対的、決定的な差。
ソレはまさしく何者にも成し得なかったコトを先駆的に為し遂げ得る『真の天才』と、他者から教えられたコトの忠実な反復しかできない『単なる優等生』との、余りにも明確な相違。
「そんなコトないもんっ。トーアだってマジで凄いんだからっ!!!」
ミラが会話に割り込んでくる。 「ああぁ!?……誰だテメーは?」
リュングベリが更に目を細めるが、ミラは全く同じない。
ソレどころか視線で刺し殺し返してやろーってな具合に彼を睨み返す。
「トーアは兄貴の次に強いんだもんっ」 「………………はぁ?」
「ちゃんとやってればあんなカラスのバケモノなんて……」 「いいよ、ミラ」
トーアが彼女を制止した。 「僕があのカラスを仕留められなかったのは事実だ」
ミラに言い返すでもなく、リュングベリに対してでもなく、他ならぬ彼自身に言い聞かせるように、1音1音を噛み締めながらトーアは声を絞り出す。
ソレは確かに現時点では全く以って動かし様のない、「事実」だ。 「ん」
ところで、リュングベリは自分達を取り囲む人々の山が形成されつつあるのに気付いた。
『凄いなっ、あんなデカいバケモノを一発で!』 『流石魔術師の兄ちゃんだなっ!!』
人々が口々にリュングベリを賞賛する声が響く。
そんな声に乗せられて、紅髪の魔術師は大袈裟に手を振って答えてみせる――
「いよォ、親愛なるヴァステホルム市民の諸君。御覧の通りこのオレ様の華麗なる大活躍で今日も街の平和は守られたぜ………………って!!!」
――が、ヴァリヴァリ目立ちまくってる場合じゃねーぞと瞬時に冷静に戻る。
そもそも先頃、トーアとセレナに「余り目立つな」と忠告しといたのに、コレじゃ説得力のカケラも無い!
「言ってるソバからこのザマかよォッ!!!!!」
半ば他の誰かに責任転嫁するような言葉を叫びながら彼はトーアの手を引く。
「ええっ!?」 急激に強い力で引っ張られ、小柄なトーアの体が少し宙に浮く。
少年の脳裏には少なからず似たよーな状況の記憶が――嫌な記憶が駆け巡る。
「とにかくズラかるぞッ!! 手ェ離すなよ!!!」 「あっ、トーア待って〜〜〜」
ミラも反射的に伸ばされたトーアの手を握る。 「げッ;」
引っ張る対象の重量が急激に増し、リュングベリの表情が歪む。
2人を同時に軽々と引っ張って走る腕力など彼には無い。 「………………」
遠目から眺めていたセレナがリュングベリに歩み寄る。 「………………」
何も言わない彼女の接近で、トーアは「分かってしまった」。 つまり……。
「おぃ、セレナどーした?オマエも早く逃げ……」
リュングベリの問いには答えず、セレナが彼の手を取る。 そして――走り出す!
「だああああああああああああああああやっぱりこのパターン!!???」
トーアの脳が揺さ振られる。
「きゃああああぁなんなのよぅっこのコはああああああああああああぁ」
ミラの脳が揺さ振られる。
「うがあああああああなんだなんだなんなんだこの小娘は一体いいいいいぃ」
そして、リュングベリの脳が揺さ振られる。 「……ズラかる……」
セレナは3人を引っ張り、人込みを強引に割って更に加速して一気に駅前を駆け抜け、一条の流星の如く人々の視界から消え去った。
『おおぉーっ、なんて凄い速さなんだアイツ等!!』
『やっぱりバケモノカラスと勝負しようってだけはあるぜ!!』
『親愛なるヴァステホルム市民』達は当分、彼等の活躍を忘れないだろう。
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