トーアとセレナ、ついでにミラが今いるのは、アーデンツ王立魔術研究所の所員寮。
しかし、3人をココまで案内してくれた研究員のハルデヴァルト・リュングベリは――
「だから、なんでッ……!」
――自分の部屋に辿り着いた時点からずっと、非常に不機嫌だった。
「なんでココにテメーが居座ってやがンだよッ……!!???」
その理由は、どーゆー訳か部屋の住人が今の今まで不在であったにも関わらず既に開け放たれているドアの奥の部屋で、不敵な微笑みを浮かべて椅子に座っている1人の女性にあるらしい。
「ったく、ハルトくんもいちいちうるさいなー。なんとなくココに来そーな気がしたからちょっと先回ってみただけだって、さっきからずっと言ってんじゃんねえ?」
その人物とは他ならぬこのアーデンツ王国の女王、エスファ・イルナード=アルサナス。
何故にわざわざ街外れの魔術研究所所員寮まで単身で出向いて来たか。
「トーアくんも災難だったねー。駅前でイキナリ化物なんてさ」 「……はあ;」
しかも女王はトーア達が王宮を後にしてから今までの経緯もすっかり知っている様子。
「でもねっ、リュンちゃんが魔法で一気にやっつけてくれたんだよっ!」
その女王に向かい、彼女とは今この時知り合ったばかりのミラが笑い掛けた。
……が、ミラの言葉に真ッ先に反応したのは女王ではなくこの部屋の主。
「……『リュンちゃん』?」 何か背筋を逆撫でされるような感覚を彼は覚えていた。
「うん、『リュングベリ』だから『リュンちゃん』」 リュングベリの脳は沸騰した。
「ちょっと待ていくら何でも冗談じゃねェぞ小娘ッ!!! そんな凄まじくヤなカンジな呼び方されてたまるかッ!!!!!」
「ヤなのぉ?私は可愛いと思ったんだけど……」
猛烈な剣幕で怒鳴り散らすリュングベリ、少し寂しそうに首を傾げるミラ。
「なかなか可愛いじゃない『リュンちゃん』。っつーかお客様が来てるんだから軽くお茶くらい出すのが礼儀ってモノでしょ『リュンちゃん』?」
ココぞとばかりに女王も攻め立てる。
「うるせえ黙れ他人の家に不法侵入しといて偉そーに礼儀とかなんとか語ってんじゃねえッ! っつーかテメエまで調子乗って『リュンちゃん』とか呼んでんじゃねえッ!!!!!」
「……りゅんちゃん」 リュングベリの怒声の影、極端な小声でセレナが何か言っている。
言った本人とその隣にいるトーア以外には誰も聞き取れなかっただろうが。
「……あはは;;」 苦笑するトーアの目前の修羅場は、当分収まりそーにない。
「っつーか、ホントに何しに来てんだよテメーは???」
半分諦めた様子でお湯を沸かす火を熾しながら、リュングベリが女王を睨み付ける。
「そりゃねっ、トーアくんとセレナちゃんに会いたかったからね〜〜〜vv」
「……は、はあ;」 女王に背後から抱き着かれ、トーアは頬を赤らめる。
「あと、ウチの城の塔に電撃ぶつけてくれた可愛い女の子にもね……」
女王は目を細め、ミラの方に視線を流す。 「えへへ……アレはちょっとゴメンなさい」
いつも魔術学院でそうしているように,ミラはほとんど悪びれた様子もなく謝罪の言葉を口にする。
相手が教官だろうと女王だろうと、その態度が全く変わらないようにトーアには見えた。
そもそも態度を変えるような心性などミラは持ち合わせていないというコトか。
もっとも、魔術師とは全般的に身分や立場を気に掛けない傾向が強いのだが。
「まーあんまり気にしてないけどねー。軽い間違いなんて誰だってやらかすしさー」
女王はミラに向けた表情を穏やかな笑顔に変えた。
いや、ミラはいっつもやらかしてるんですよ、そもそもぜんぜん軽くもなんともないですよ。
と、トーアは一瞬言いたくなった。 「ですよねー。トーアと兄貴を除いて!」
「………………」 肩身が狭い。 ミラの脳天気な称賛の言葉が今のトーアには重い。
魔術を発動さえさせられなかったのだから撃ち間違える以前の問題――
「おいちょっと待てこの似非女王! 貴様はオレの質問に全く答えてねえ!」
――リュングベリの怒声がトーアの思考の錯綜を遮る。
「ハイなんですかリュンちゃん? まだ何か問題でも?」
投げやりな返事と共に、トーアに抱き着く女王の腕の力が何故か強まる。
女王の手と腕と肩と胸と顔と髪にすっかり囲まれていたコトを思い出して、トーアの頬が改めて赤くなる。
「ソレ以前にいーかげんオレを『リュンちゃん』とか呼ぶな!」
「……っていうか、一国の女王陛下ともあろう御方が護衛もなしで単独で行動するなんて、普通に考えたらいくらなんでも危険過ぎると思います」
リュングベリに代わって、トーアが無理に冷ややかな声色で指摘する。
この言葉が何故か、トーアを抱き締める女王の腕の力を更に強めた。 「……へぇ♪」
「だっ、だからその、つまり、、なんかよっぽど普通じゃないよーな事情が……;」
言ってるトーア自身の心理状態が既に普通じゃなかった。
女王の手と腕と肩と胸と顔と髪の圧力が少年を困惑の魔宮に落とし込む。
「なかなか素敵な推理ねぇ。ただ魔法使えるだけじゃないんだ……♪」
「オレが最初ッからずっとその質問してんだろーがッ!」
「あーもー分かった分かった分かった分かった分かったから。。そろそろ答えてやるから有り難く思ってよね」
どーにも投げやりに言い捨てながら、女王はリュングベリを睨み上げる。 「でも……」
「………………なんだよ?」 いくらかの不審を抱えて、リュングベリは女王を睨み返す。
女王の唇が再び動かされ―― 「その前に、お茶」 「分かったよ!」
断定はできないししたくもないんだけど、と前置きした上で女王は話し出した。
「どーもねぇ……状況からするとね、フレイくんの他にも『蒼の星石』狙ってたっぽいヤツがいるカンジなのよねえ」
「……そう、なんですか?」
念入りな前置きの割には別にあったとしても不思議ではない話だとトーアは思った。自分の兄が疑惑の中心にされているのは単純にイヤだという私情を差し引いてもだ。
「絶対そーだよっ、兄貴がそんな悪いコトする訳ないもんっ!!」 ミラが割り込む。
「……だといいけどね;」
しかし、トーアはミラの言葉に冷や汗を浮かべて苦笑するしかなかった。
フレイには魔術の研究という目的のためなら手段を選ばない傾向がないとも言い切れなかったからだ。ならば、『蒼の星石』もそのために奪い去った可能性が在り得ないとは断言できない。
「そもそもアレが盗まれる何日か前から怪しいヤツが何人か目撃されてんだとよ。『石』が置いてあった、『祭壇の塔』の周りとかでな」
ミラとトーアのやり取りを聞き流し、リュングベリが女王に続く。
「研究員寮から誰が夜中に抜け出してたって形跡もねえみてーだし」 「……夜逃げ」
「……いや、流石にソレは違うと思う;」
妙なタイミングで妙な言葉ばかりを口走るセレナ、律儀に突ッ込むトーア。
「んーーー、兄貴じゃないとしたら一体誰なんだろーねえ?」
ミラが左右交互に45度ずつも首を傾げながら、言った。
どーしても犯人がフレイではないという結論を導き出したいらしい。
「いや、そーゆー問題じゃないっしょ」 しかし女王はソレを許さない。
「えーーーっ、なんでよォ!?」
「なんでも何もないよ、現にいなくなってんのフレイくんだけなんだし。てゆかさ、ウチの厳重極まりない警備体制がそー簡単に外のヤツに破られるかってーの」
「……ふみゅぅ;」 ミラは明らかに不満気な様子で口を尖らせる。
「とにかく、フレイ兄さん以外が石を持ち出したって可能性は在り得ない訳ですよね」
トーアが淡々と、そしてハッキリと言い切る。実際の事情がどーでも、事実は今更変えようもない――というコトを、自分の中で再確認するかのように。
犯行の現場となった『祭壇の塔』にも案内されたが、あの、建物の壁の一部分だけがそっくりそのまま『無くなった』ような特殊極まる破壊の痕跡が、兄以外の誰かの手によるモノである訳がないのだ。
アレこそフレイが編み出した、究極の攻撃魔術――なのだから。
「まあ、そーなるな……だから尚更腑に落ちねーんだよ」
相変わらずの口調で、少し視線を落とし気味にしながらリュングベリが答えた。
トーアは少しだけ、近寄り難い彼の裏側の一面を垣間見た気がした。 「………………」
トーアは自分の内側にもある同様の感情が呼び起こされるのを止められなかった。
兄は悪くない。 何か原因があるハズだ――と。
そんなのはミラみたいに現実から眼を背けたいだけなのかもしれないと最初は思っていた。
「そーなのよねぇ。まさかフレイくんがアレ盗んだらどーなるか知らなかったとも思えないし」
しかし女王もリュングベリも言うように、現実はもっと不可解だ。
「なんとなくですけど……」 女王とリュングベリの話を整理し、2人の意図を探る。
何故、女王はこんな所まで自らやって来る必要があったのか。
何故、最初に王宮で謁見した際に話を切り出さなかったのか。 何故――
「もしかして、兄さん以外にあの『石』を盗もうとしてたのは王宮内部の人間かもしれないってコトになりませんか?」
――トーアは一気に言い切った。 「何だって!?」 「ふみゅ?」 「………………」
その言葉にリュングベリはその鋭い視線を更に研ぎ澄ませ、ミラはトーアの思考の流れの速度に着いて行けてないのか首を大きく傾げ、そしてセレナはいつもと全く同じ様に顔色1つ変えず黙っていた。
「だって、ただ兄さんの他に誰かが石を狙ってるってだけなら、さっき王宮でお会いした時に言っていただいても差し支えなかったと思います。ソレを女王様自らココまで出向いて僕達に伝えるってコトは、きっと王宮じゃ話せなかったんだろーと……」
女王は少しずつ微笑んで、手にしたカップを置いた。
「そう、その通りよ。私が言いたかったのはそーゆーコト」 「そう、なんですか……」
トーアとしては別段、驚くほどのコトでもなかった。自分達の行き先に女王が先回りしていた時点で、既に在る程度は話の成り行きが見えていたつもりだからだ。
しかしこうなると、 「だったらフレイ以外の誰があの『石』盗ろーとしてたってんだよ?」
リュングベリの言う通り、それが誰なのかが問題となる。
そしてソレは所詮部外者に過ぎないトーアからは察し様もない。
「僕もソレが気に掛かるんですけど……」 だから率直に女王に尋ねたのだが、
「ソレが分かんないから、とりあえずとにかく気をつけてねーーーって言いに来た訳」
女王はソレ以上に率直に返してきた。 「なっ……」 「なんだとォ!!???」
トーア以上にリュングベリが血相を変え、女王に食って掛かる。
「そんな未確認情報だけで一国の女王がヘラヘラ動いてんじゃねえ!!!」
「いや、だってさー、ホント分かんないけど割とソレっぽいカンジだったしぃ」
「分かんないのにソレっぽいとかで単独で街中うろつくなッ! 危なッかしいだろーがッ!!!」
「あはー、リュンちゃんが私のコト心配してくれてるぅvv」
「心配してねえ!!!!!」 「あの〜〜〜、お二人とも???」
「えへへ、女王様とリュンちゃんって仲良しさんだね」
「アフォか!!! 仲良くねえ!!!!!」 「………………」 「……はぁ;;」
狭いリヴィングは修羅場と化す。
「……まあ、結局そんなカンジよ。完全に私の独断、ってコト」 「……成る程ねぇ」
リュングベリは目を細めて納得した。 「相変わらず無茶しやがるぜ」
「褒め言葉と受け取っておくわ」
「分かってたらトーアくんに伝えないでウチ等だけで片付けるつもりだったよぉ」
「……だな。その方が都合がいい」 女王とリュングベリの間だけで話が進む。
しかしトーアには1つ、納得できないコトがあった。
「……あの、だったらなんで僕達に兄さんを探させるんですか?」
「あーソレはね、トーアくんくらいの歳の魔術師見習いくんなら、単なる『修業の旅』でもやってるって思われるから怪しまれないかなって思ってー」
「あ、なるほど……」 1年前から旅に出てる、2歳年上の姉のコトをトーアは思い出した。
「ソレともう1つ、セレナちゃんがね……」 女王が小柄な少女に目を向ける。
「セレナが?」 「……あ、コレは言わない方がいいかもしれないかな?」
「……そーですか;」 「っつー訳でリュンちゃん、お茶おかわり」
女王はリュングベリの方へ向き直り、彼を顎で使う。
「いーかげんにしろフザケんなこの腐れ女王。いつから俺は貴様の給仕になったってんだよッ!!???」
「あらぁ、私に逆らうつもりぃ??」 「オレの人権を無視するなァッ!!!!!」
リュングベリが椅子から立ち上がる。そりゃもー凄い勢いで。
「ダメだよ〜〜〜。リュンちゃん女王様の下僕なんだからっ、ちゃんと言うコト聞かないと」
ミラは悪意のカケラもなく炎に油を注ぐ。
「そんなんじゃねえッ!!! 誰が下僕だッ!!!!!」
「ほらミラちゃんも言ってんじゃん下僕。とっととお茶入れてきなさい下僕」
「……しもべ」 「下僕じゃねえっつってんだろーーーがッ!!!!!」
セレナまでもがリュングベリを下僕呼ばわりすると、当のリュングベリの赤い髪は怒れるがままに天を衝こうかというほどの勢いで逆立った。
女王も椅子から立ち上がり、そんな彼を眺めながら溜め息1つ。
「ったくぅ、リュンちゃんは分からず屋さんだなあ」 「分かってねえのはテメエだっ……」
ますます怒髪を衝き上げるリュングベリと正面で向かい合うと、女王は唐突に彼の眼前に接近し、
「なッ……!!???」 「言うコト聞かないコにはぁ、『お仕置き』しちゃうぞっ?」
優しく微笑みながら語るその一言で、彼の表情を一瞬にして蒼褪めさせる。
「なッ、ななななななななんなんだっなんのつもりだテメエっ……!!???」
反射的に後退るリュングベリ。 歩み寄る速度を容赦なく上げて追い詰める女王。
「ふふっ……vv」 その顔に浮かべられた微笑はいつしか月光の如き妖しさを秘める。
その冷酷な眼光の前にリュングベリは彼女の意図を明確に悟る。
「あっ、あのっ、そのっ、、申し訳御座いません女王陛下ッ!オレが悪かったです!!だからその……あのっ……;;」
「ふふふっ、今更謝ってももぅ遅ーーーい♪」 女王は左膝を胸の高さまで持ち上げ、
「エイトハンドレット=ナインティースリー・キイィィィック!!!!!」
「どぅわはあッ!!???」 左足の裏で、リュングベリを隣の部屋の中へと蹴り込んだ。
彼はベッドの上にでも蹴り落とされたのか、特に痛そーな物音は響かなかったが。
「さーーーて、どーやってイジメてやろーかなあ……♪」
目の前に並べられたデザートの山でも品定めするように、女王は目を細める。
「あの、いくらなんでもちょっとヒド過ぎると思いますけど……;」
「ねぇ女王様ぁ、私も『お仕置き』手伝っていーですかっ???」
「そーねえ、トーアくんとミラちゃんにも手伝ってもらいたいのはヤマヤマなんだけどねー」
2人のすっかり対照的な言葉を受け止めると、女王は自らも部屋に踏み込んで、
「でもぉ、ココから先は18歳未満は入っちゃダメだよっvvV」
左手の人差し指を立てて唇に添えて、一際楽しげに笑いながらドアを閉じた。
「あーっ、私も残虐非道な『お仕置き』やっててみたかったなー」
少年少女ばかり3人が残された居間。
ミラは椅子の背もたれに大きく寄り掛かって天井を見上げながら、色々と呟いていた。
「今頃リュンちゃんアタマが肩から生えてたりしてねっ♪」
彼女の言葉は次第に過激になっていく。
ソレも無理もない、時折扉の向こうから聞こえてくるのは地獄の劫火に焼かれてるみたいなリュングベリの断末魔とも言うべき悲鳴と絶叫ばかりなのだ。
「……いや、流石にそーゆーコトまでしないと思うけど……。てゆか、そもそも18禁って残酷だからってコトだけじゃないよーな気もするけど……」
部屋の扉から目を背けながら、トーアが声を抑えて言った。
「じゅーはちきん……ってーと、ぶれすれっととかねっくれすとか???」
「あ、いや、、その……;;」 ミラは恐らく素でボケてる。
ソレと自分が同じ言葉から想定している方向性を比較して、トーアは1人勝手に恥ずかしさを覚え、頬を赤らめた。
「金のブレスレットとかでブン殴られるリュンちゃん……ちょっと、可哀想かなあ」
「そー……なの???」 ミラの可哀想の基準は一体ドコにあるのか。
腕と頭を切り落とされて挿げ替えられる方が余程酷くはないのか。 「………………」
セレナだけは人形のようにすっかり黙り込んで、ただ椅子に座っていた。
その後、やたら疲れた表情で部屋から出てきたリュングベリと、ドコか物足りなさげな表情で
「ったく、ちょっとリュンちゃん早過ぎよぅ。。もーちょっと楽しませてよねーーー」
などと口走っていた女王に対して、トーアは何も訊かないコトにした――
――という話はさて置いて、荒くれた外見に反してそこそこ料理上手なリュングベリ手作りのビーフシチューを食べながら、トーアは再び兄の行動の意味について考え始める。
兄の真意だけは現時点では全く探り様も無いので、その次に浮上した可能性、「王宮内部の他の誰かが『石』を盗もうとしていた」という女王からの情報と、彼との関係を考える。
……が、ソレを考えるにもトーアに与えられた情報は少な過ぎる。
たぶんリュングベリと女王が持ってる情報自体が少ないのだろうが。
とにかく、状況には謎が多い。
例えば、問題の誰かが『石』を盗もうとしたのを兄が阻止したのだとしても、何故そのまま兄は『石』を持ち去って姿を消す必要があったのか。
でなけりゃ真相はその正反対で、その誰かが予め現場の下調べをしておいて、兄はその人物の依頼を請けて犯行を行った――のかもしれない。
しかし、あのプライドの高い兄がそんな危険かつ安易な下請けをわざわざ引き受けるだろうか。
どーせやるなら全部自前で最初から最後までキッチリやり遂げるタイプだ。
本当はどーなんだろう。 兄に会って直接聞けない以上、考えても仕方な――
「ねえ、トーアくん?」 「…………えっ」
――急に女王に呼び止められ、トーアは顔を上げた。
彼と目を合わせた女王はまた一際大きく微笑んで言う。
「ごはん食べ終わったらトーアくんにもしてあげよっか?」 「結構です」
しかし女王が完全に言い終わらないうちにトーアは即却下した。
「倫理的にいろいろマズいコトしてるんだって少しは自覚して下さい」
やはりトーアにも魔術師の血は色濃いのだろう、女王相手でも物怖じせずハッキリ言い放つ。
「なんだーーーっ、つまんないのーーーーーっ」 「つまらなくて結構です」
言い切ってまた、シチューの皿に視線を戻す。 今は考えるより食べる方優先。
しかし、女王によって放たれた火種はまた別の烈火をこの場に巻き起こす。
かなり真剣な目をしてミラが叫ぶ――
「そーだよーーーっ、私もトーアのアタマとか内臓とか斬り刻んでみたいっ!!!!!」
「え゛ッ;;」
――トーアは右手に持っていたスプーンをシチューの中にダイヴさせてしまった。
「……ちょ、、、、ミラ本気で言ってるのっ???」
ソレ即ち僕を殺したいってコトなの?とも思ったが、
「大丈夫だよっ、だってリュンちゃんいちおー今も生きてるじゃん?」
どーやらミラの脳内ではリュングベリが女王にバラバラに斬り刻まれた後で綺麗さっぱり元に戻ったコトになっているらしい、とかなんとか。
「いや、リュングベリさんバラバラにされてないから」
トーアとしてはそんな当たり前の内容を返すしかなかった。
当のリュングベリ本人が奇妙に疲れきった表情のまま何も言ってくれないのが少しもどかしい。
「そぉそぉ。私がいくら残虐非道のアーデンツ女王エスファ・イルナードだっつってもさー、バラバラ死体つなぎ合わせて生き返らせたりなんてできる訳ないって♪」
「なんだぁ、つまんなーい」 「………………は、はは…………っ;;」
2人ともドコまで冗談でドコまで本気か。
っつーか残虐非道を自負する女王ってのもどーだか。。。 「…………ばらばら……」
セレナが他の誰にも聞こえない小声でそうつぶやいていた。
そんな少女の唇の両端がほんの僅かながら持ち上がっていたコトにも、誰も気付かない。
静かなセレナとは関わり無く、女王の騒々しい話は続く――
「まぁ実際私とリュンちゃんがナニしてたかっちゅーとねぇ……」
「わーーーーーーーっ!!!!!」 ――が、トーアは大声でソレを遮る。
首筋に汗まで浮かべて慌てふためく姿は普段の冷静な彼からは想像し難いかもしれない。
「どしたのトーア???」 ミラは首を傾げる。
「あれぇ、やっぱりトーアくんもヤリたい???」
「そっ、そんなんじゃありませんっ! てゆかもういい加減にして下さいっ!! 特にミラとセレナの前でそんな話するのはっ!!!」
「なんでぇ???」 自分の何がトーアを慌てさせたか、女王は全く自覚していない。
或いはこの女王に最も欠けている自覚とは、そもそも「自分が女王」って自覚なのだが。
「とにかく、そーゆーのって子供の前でして良い話じゃないでしょう、普通に考えて」
彼女の自覚はさて置き、トーアはとにかく反論。 「そう…………♪」
しかし何故か、聞いた女王は不気味に不敵に微笑む。
「そーゆー話ってどーゆー話かトーアくん知ってるんだ……♪♪♪」
「………………!!!!!」 慌てて紅潮していたトーアの表情は恐怖して蒼褪める。
無意識で掘った穴=墓穴。 「もおっ、トーアくんったらHなんだからぁvvV」
「いや、、その……違いますっ! そんなんじゃっ……;;」
「トーア、えっち……」 片隅でセレナがつぶやく。 「いや、だから、その……」
顔色を再び紅くしてトーアは何か言おうとするが、弁解の余地など自ら捨て去ったに等しく。
「『えっち』………………何が???」
ミラが全く何も理解できていないコトだけが彼にとっては唯一の救いだっただろうか。
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