竹崎を喪った後の日常に、稲見は何気なくも力強く現れた。
あの日何が起こったのかを一香は言わなかったが、稲見は無言で肯いてくれた。
「……同じ施設の、友達だったんだ」
竹崎とその他の通行人、合わせて95人をも殺害した牧野十夜子について、彼女に止めを刺した水鏡一樹は言った。
2人とも両親はなく、同じ児童養護施設で育てられていたのだと言う。
成る程ソレなら牧野を追跡する最中に一樹が度々躊躇っていたのも理解できる。
何にしても、一香にとってはただやりきれなさだけが残る事件だった。
自分が結局何もできなかったコトも含めて。
事件後も日常は変わらず流れていくコトもやりきれなかった。
何しろ、この日常の中にはもう、稲見美樹子が愛した竹崎裕也はいないのだから。
ソレでも気丈に振る舞う稲見に、一香は何も言えなかった。
そして竹崎の死から1ヶ月が過ぎた。
今では稲見もソレ以前と同じ様に笑えるくらいまで立ち直っていた。
そんな稲見が一香に持ち掛けてきた話は次の通りだ。
「ねえ一香、付き合ってみたいヒトとかっていない?」 「あぁ!?」
一香は露骨に嫌そーな顔をした。そんなヤツ知るかよ、といった具合に。
特に誰とも付き合うつもりはなかったからだ。もしかすると未来永劫に。
「そんな顔しないでよ一香。けっこーいいヒトから話来てるんだよ?」
「そんないいヒトだったらオマエが付き合えば?」
「私は……、私には竹崎先輩しかいないから……」 「……ゴメン」
軽く返した言葉を、一香は少し後悔した。 しかし稲見はすぐに気を取り直してくれた。
「ソレはともかくさっ、ホント会うだけでも会ってみなよ。けっこー熱心に一香と付き合いたいみたいだからさっ」
「……どんな物好きだソイツは」 自分で言ってて、一香は少し哀しくならなくもない。
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