エルトシア大陸の最北から南に向かって伸びるディスティネヴィア半島のほとんど中央を縦に貫く、いくらなんでも極端に平和な国が「アーデンツ王国」だ。
どのくらい平和かとゆーと、西〜中央エルトシアでは3つの大国「フォスヴァル共和国」「ロイゼン帝国」「ダルムスラント大公国」が三つ巴の戦争を続けて10年にも15年にもなろーとゆーのに、このアーデンツを中心とする北エルトシアの小国のほとんどはソレ等の戦乱とはひたすら無縁なばかりか、もはや全く戦争をしていない状態とゆーのが3桁の年数に突入しよーかとゆーくらい。
そのへんの理由はさて置き、常に平和な以上は住んでる人間達は決まってヒマを持て余すのが世の常。
特に『魔術師』達は、いかにも余程のヒマ人しか考えないよーな噂話を度々走らせる。
猫がティーカップに変化したとか、城が宙に浮いたとか、人間が口から生きた合成獣(キマイラ)を吐き出したとか、犬が牛に変化したとか、ティーカップが猫に変化したとか、魔術の力でも絶大に困難or絶対的に在り得ない話題を次から次へとブチ上げては疾風の速さで多方面に流布させ、そして怒涛の速さで忘れ去って行く。
そんな、根も葉も茎も無いのに花だけ咲いてるよーな奇妙な噂話が今日も1つ、リカレス魔術学院の4年次学生の教室を無駄に賑わせていた。
「なあトーア、お前の兄貴ってどっか行っちゃったんだって?」 「は?」
トーア・ローテソンはそんな数々の噂話には基本的に興味を示さない学生だ。
だからこのように、「ソレって何語の寝言?」とでもゆーよーな態度でしか反応しない。
「もう学校中この噂で持ち切りだぜ?たぶん知らないの当のオマエだけさ」
クラスメイトは何故か、自分が真ッ先に聞きつけてきたかのように得意げだ。
「そーだね、別に知らなくてもいいね。どーせいつものアレでしょ」
自分の兄がネタにされてるのは少し気に入らないが、トーアは微笑んで返す。
「いや今回のは超マジだぜ!なんたってフレニング先生から訊き出したんだからなっ!」
「…………はあ?」 すると、トーアにとっては完全に意外な名前が飛び出した。
「なんでアルティナ先生が???」 「そう、そのアルティナ・フレニング先生がだ!」
「あの、大地が裂け城壁が崩れ尖塔が根こそぎ倒れるくらいの大地震が来ても『揺れ終わってから転ぶ』とか言われちゃうくらいの、あのアルティナ先生がっ!!???」
何気にかなり礼を逸した言動をトーアはしているが、要は「アルティナ・フレニング」というヒトはそのくらい「超マイペース」と称されるよーな魔術師なのだ。少なくとも自分から積極的にこんなバカ噂話を振り撒いてくるよーな人格ではない。
「そうそう、普段はこんなバカな噂全然聞いてないフレニング先生がだぜ!」
「バカだって自覚してるなら流すの止めてよね。僕が迷惑だから」
「フレニング先生ほどの御方がわざわざ流してくる噂がバカな訳あるかっ!?」 「はいはい」
いーかげんトーアは飽きてきた。 バカな噂に踊らされるバカにはなりたくない。
「と・に・か・くっ、どーやらオマエの兄貴が失踪したっつー噂はマジでホントっぽいの。しかもさ、なんか王宮の秘宝とかゆーの盗んでったとかでさ、コレってマジヤヴァくね?」
「はいはいはいはいはい。一介の研究員風情に盗み出せる隙がありましたらねえ」
トーアの兄フレイは現在、首都ヴァステホルムの王立魔術研究所で研究員をしている。
話題の「王宮の秘宝」とかゆーのが何かは分からないが、そんな「マジヤヴァい」とかゆーよーなモノなら、こーやって魔術師だけの間で噂になる前に新聞で報道されてないか?と。
「オマエの兄貴が『一介の研究員風情』ってレヴェルかっ!? あんな凄まじい魔術師、20年に1人だって生まれないって評判じゃねーか。だからたぶん出来たんだよ。厳重極まる警備の網を完璧に掻い潜り、王宮の秘宝とやらをその手に収めるコトが――」
「そーだねえ、君の妄想能力もソレはソレで凄まじいとしか――」
ぎぃ。 ばたん。
教室のドアが開けられて閉められた。
「………………ソレ、マジ???」 その間に、顔色を蒼白にして入って来た少女が1人。
後ろで大きく2本に括られた、緑色の長い髪がよく目立つ。 「…………あ、ミラおはよ」
素知らぬ明るさで普段どーりにトーアは挨拶してみせる。が、 「ホントなの?」
ミラと呼ばれた少女は全く反応してこない。
「ホントにホントかどーかまでは知らないけど、なんか全国的にそーゆー噂になってるっぽいよ。フレニング先生がゆーには」
「そぉそぉそぉ。なんかそのトーアのお兄さんが勤めてる王立魔術研究所のヒト達もさ、最近1週間くらい姿見てないって言ってたっぽいしー」
別の女子学生も話に割り込んでくる。
「えっ何もーそんな話なってんの? ソレじゃもー確定っぽくね?」
「おいおいおいおいおいおい」
どーせこの女子学生が今この瞬間この場で付け加えたネタだろーなとトーアは思うが、その点を指摘してもしなくてもこの男子学生はコレでもう「確定」で確定したんだろーなと諦め気味。
「そんな……」 でも一方で、今にも泣き出しそうな表情のミラがいる。
「ミラもこんなバカ話信じなくていいよ。この前だってわざわざヴァステホルムまで行ったけど、城なんてぜんぜん浮いてなかったでしょ?今回だってどーせ嘘も嘘の超大嘘だよ」
1月の大雪の中、線路途中で動けなくなった列車を乗り捨てて歩いていった徒労の経験を脳の片隅でトーアは思い出す。思い出したくなかったが。
「探しに行かなくちゃ……」 「えっ?」
聞き間違いであって欲しい決意の言葉が聞こえた、と思った瞬間! 「行くよトーアっ!!!」
「なっ……ちょっと、、、ミラっ!!???」 トーアは既に右手を掴まれていた。
同時にミラは走り出していた! 「待ってミラ待って! もう授業始まるよっ!!!」
「速く走らなくちゃっ! 兄貴見つからないからっ!!!」 もう話は噛み合わない。
教室のドアは蹴り開けられ、バン! とも ガン! ともつかない衝撃音が廊下へと響き渡る。
そのままミラはトーアの手を引いて廊下を全力疾走して行く。 「あらあら」
丁度教室に近付いて来ていた、長い髪の女性が2人と擦れ違う。 「あっ、フレニング先生!」
「はい、おはようございます」 女性は優しく微笑んで、穏やかに挨拶する。
この女性こそが噂の発生源とされる「アルティナ・フレニング教官」だ。
「コレから授業ですのに、トーアくんとミラちゃんはどうして走って行ってしまったのでしょう?」
穏やかな笑顔のまま、フレニング教官は学生に尋ねる。
「えっと、トーアのお兄さんが失踪しちゃったってゆーから、探しに行くって」
「そうですか。でも、廊下を走って行くのは危ないですのにねえ」
「ちょっとちょっと先生、ソコじゃなくてー」 女子学生が失笑する。
「というコトは、つまり……」 教官は左手の人差し指を下唇に当てて少し上を向く。
何か考え込む時のポーズらしい。 「………あの噂が本当だったってコトでしょうか?」
「…………先生自分で言っといてソレはないでしょー」 男子学生は苦笑するしかない。
得てして『魔術師』の噂話の重みなんて、この程度のモノ。
走り去っていった2人の学生の姿は、当たり前のようにもう見えない。
さて、授業開始直前に教室を飛び出したミラとトーアは、まだ走り続けていた。
校舎入り口のドアも蹴り開けて。 川沿いの道を駆け抜けて。
リカレスの旧市街を貫く大通りから裏通りへ。
トーアとしては更に難儀なコトに、鉄道の駅がある新市街からは明らかに遠ざかる道順だ。
「止まってよミラ! こっち駅じゃないよ? ホントにドコ行くんだよっ!?」
「とにかくどっか、兄貴がいるトコっ!!!」 正論だ。
でもソレが具体的にドコか分からずにどうやって行けようか?
とかなんとかの間に既に旧市街を囲む城壁の門を通り抜けていた。
城壁の外と言えば小麦畑が広がるばかりの郊外で、駅など尚更、遠い。
そしてそんな郊外に1箇所、誰も近付かない深い森が在る。
……というか、既にして森は2人の目前に差し迫っている!
「ちょっ……と、、、ミラ! マズいよこの森は!!! 危ないよっ!!!!!」
「もしかして森の中……!?」 「なんでっ!!???」
ミラが理不尽な判断を下せば下すほど、見えない風に背中を後押されるかのように彼女は加速していく。
(コレだもん、思い込んじゃったら理不尽なくらい真ッ直ぐなんだ……!)
律儀に付き合う自分は本当にお人好しだとトーアは思う。
その気になれば自分1人だけ一方的に足を止めて彼女に勝手に走ってもらっても構わないのに。
でも、今回ばかりは向かう先が先だけに、自分も彼女も先に進む訳にはいかない。
なんたって――この森に住む野獣達は『魔獣』くらいに凶暴なのだから。
だから普段は余程熟練した魔術師でも決して近付きはしない。
「………仕方ないなあっ……!」 自分が失踪したなんて噂が全国的に流れるのはゴメンだ。
もっとも地元新聞には噂でなく事実として掲載されるだろーが。
(上手く行くかどーか分からないけど……!)
ミラに握られていない左手に、意識の一部を集中させ始める。
残りの意識は――ミラに振り解かれないように右手に。
ミラのスピードに振り切られて無様に転ばないように両脚に。
そして、「狙い」を外さないように両眼に――確実に分散させる。
一心不乱に疾走するミラの背後、トーアの左手から淡く蒼白い光が生まれ始める!
(ミラ、ゴメンね……!)
「ライトニング!!!」
左手の指先で申し訳程度に印を刻みつつ、小声で叫ぶ。
刹那――その左手を包み込む球状の光が鮮烈なる閃光と化し、中から『稲妻』が迸る!
コレこそ『魔術』、だ。
「えっ!?」 反射的にミラの脚が止まる。
目の前を突如『稲妻』に駆け抜けられて。 「うわっ!?」
余程の速度で疾走する中で急に脚を止めて止まりきれるハズがない。
ミラの上体はそのまま20cmほど積み重なった雪の上に投げ出される。
「はわわわわわわっ!!???」 ざくっ。 顔面から雪の上にダイヴ。
ちなみに彼女はトーアの手を離してはいない。
つまり必然的に、トーアも顔面から雪の上にダイヴ。 「ちょっと、ミラ……!?」
昼の陽射しで融かされては夜の寒さに凍ってを何度か繰り返した、お世辞にも「白い」とは言えない雪に、2人揃って顔を埋め込んでしまった。
「痛っ……!」 転ばされた原因からすれば驚くほど普通なミラの感想。
「そりゃこっちのセリフだよっ」 同じく、トーアの悪態。
せめて手くらい離してよ、一緒に転ぶなんてカッコ悪い。
「イキナリ魔法使うなんてトーアずるいよぉ;」
ゆっくりと上体を起こしていくミラが涙声でトーアを責める。
当然トーアとしては勝手に走り出した彼女に責められる理由は無い。
「仕方ないじゃない。ミラが止まってくれないんだから」 「あうぅ〜〜〜;;」
だったら付いて来なければいいのに、とはミラは言わない。
ただ、既に立ち上がっているトーアを恨めしげに睨み上げる。
「でもやっぱトーア凄いなっ、あんな手引っ張られて走りながらイキナリ魔法使っちゃうんだもんねー」
「あははっ、自覚してるならもう他人の手引っ張って走るの止めてよね?」
2人とも笑顔に変わると、素直な称賛と更なる悪態が行き交う。
「………実は上手く行くかどーか、ちょっと分からなかったけどね」 「ほえ?」
思い掛けない言葉に、ミラが目を丸くする。
トーアといえば百発百中の安定感で、魔術学院の教官からの評価も高いのに。
「なんでっ?全然ふつーにライトニング使ってたじゃない……?」
質問には答えず、トーアは雪の上に座り込んだままのミラに「左手」を差し出した。
「ほら。立てる……よね」 「うん…………」
ミラが肯いて、差し出された彼の手を「右手」で握る。 当然、手のひら同士は触れ合わない。
「あっ……!」 「そう、そーゆーコト」
大袈裟に口を開けるミラに、トーアは少し照れながら微笑んだ。
「トーア、右利きじゃない?」 「まあ、ね」 そのまま左手でミラを引き上げる。
元々腕力がある訳じゃないので、利き腕じゃない方で引き上げるのは正直少しキツい。
「ふう;」 一息つく。
ついでに「立てるなら独りで立てよ」とか言ってやりたかったが、自分から手を差し出しといてソレを言うのはどうか、とか。
「右利きなのに左手で魔法使うなんて、考えたコトなかったなー」
「そうするしかなかったからね」
ミラが言う通り、大抵の魔術師は自然と利き腕でしか魔術を使わないモノだ。
意識してやってみると意外と全然できなかったりする、らしい。 「練習したコトあるの?」
「流石にないよ。今のぶっつけ本番でやってみるまで、自分でもできると思ってなかった」
「………そっちの方がよっぽど流石です」 何故か敬語のミラ。 ってのはさて置き。
逆に言えば、今の「ぶっつけ本番」のトーアの凄さも分かるだろう。
魔術師としては意識を一点に集中させづらい全力疾走中の実現なのだから尚更に。
魔術を発動させるための基本的な過程を日々反復練習してしっかり習得しているからこそ、こんなイザという時にも瞬時に応用が利く。
「私なんて右手でだって怪しいのにねっ!」 「ぉぃ;」
ソレ、楽しそーに言うトコじゃないから。
「まあいいや……。とにかく学校戻るよ。もう授業始まっちゃってるし……」
「えーーーっ!? まだ兄貴見つけてないのにっ!!???」
どーしてもミラはココにこだわる。 「あははっ、いーかげんその話題から離れてよね?」
そう言うトーアが笑顔を浮かべていられるのはいつまでだろう―― 「!!!!!」
「………どしたのトーア?」 ――一瞬にして笑顔は消えた。
面と向き合うミラさえ全く予期しないタイミングで。
「………………」
背筋の中心に悪寒が走る。 笑顔と共に言葉を失う。
風が――流れが――違う。 澱んでいる。
「…………なんか来る……!」 「えっ………!? なんかって、何!?」
ドコか近くでその「澱み」が1つに寄り集まってるよーな気がする。
もしかしたら1個体の「気配」なのかもしれない、と思う。 (でも、何の?)
時々勇敢にもこの森から跳び出して人々を襲う、かつて滅びたハズの魔獣の名残を何故か色濃く留める野獣か。
でも違う。 何か決定的に違う。 単なる1個体の気配としては比較にならないほど巨大だ。
しかしソレ以上に、ソレ以前に、異質だ。
獣性の血の色とは完全に異なる、悪意にも似たドス黒さ――
「ミラ、危ないっ!!!」
「えっ………!?」
――トーアは突然、森から遠ざかる方向へとミラを突き飛ばす。
同時に、意識の大半は右手に集中。 残りの意識で大気からの体感を情報化する。
暗い森の奥から向かって来てるのは分かってる。 森の奥から来るのは。
「気配」が迫り来る位置、タイミングを――
(………正面だっ!) ――確信。
「ライトニングっ!!!」 強い『稲妻』が生まれ、まだ冷たい朝の空気を斬り裂く。
暗い森から明るい空の下へと跳び出して来た巨大な影のド真ん中を捉える。
ドオオオオオオオオオ………………ン!
巨大な衝撃音が、『稲妻』直撃の威力を物語る。
しかし。 「きゃっ!!???」
漸く上体を起こしたミラの眼前、異形の影は弾き飛ばされながらも2本の脚で着地した。
「効いて………ない、か……」
確かめるように言いながら、トーアはじっくりと相手の姿を見据える。 距離は10mもない。
「ちょっと嘘……何コイツ???」 目の前の獣の姿に、ミラは蒼褪める。
どんな姿かって、単純に言ってしまえば「狼の頭+熊の体格、しかも身長4m」。
3月に入っても未だ消えない積雪の上で、その内面を具現化したかのような漆黒の毛皮が風になびいている。
「ホント……。嘘なら、いいけどね……」 苦笑と失笑が半々の微笑をトーアは浮かべる。
物理魔術系統では最も初歩レヴェルに属するとは言え、『稲妻』は並大抵の獣を一撃で気絶させるほどの威力はある。
だからこそ『魔術師』は、度々この森から人里へと進み出て害を成す野獣をその魔術で仕留めるなり追い返すなりして、生計を立てたりもできる。というのに……。
コイツと来たら。 今まさに目の前で堂々と立ちはだかるコイツと来たら。
真ッ向から喰らっといて倒れもしないなんて! 「嘘じゃないみたいだよ、残念ながら」
どうやら『魔術師』として覚悟を決めるべき相手に出くわしたようだ。
ヤツは『野獣』じゃない、『魔獣』。
滅びたハズの。
「ですからこのように、物理魔術を行使する際には、まずは自己の内面に潜む『魔法力』の存在をハッキリ『意識』する必要がありますね。
そもそも、『魔法力』と『意識』とは明確に分離された概念とは言い切れないのですけど、大地の重さや大気の声など、ありとあらゆる対象を感じ取ろうとする中で、時には『内面』と『外部』に共通するイメージが流れているのが分かると思います。
コレこそが世界中に『魔法力』が偏在し、また『魔術師』自身もソレを持ち合わせているという唯一の確証であって、『意識』の持ち方が『魔術』の行使そのものに重大に関わってくるという――」
何の前触れもなく、アルティナは説明を途中で途切れさせた。 「…………あら……?」
黒板でも学生達の方でもなく、窓の向こうへと目を向ける。
「どーしたんですか先生イキナリ?」 「グリフォンでも飛んでました?」 「いえ……」
学生に訊かれても、アルティナは外を向いたままだ。 「何もいませんよー?」
何人かの学生達が同じく外を見ても、ただリカレスの街並が目下に、久し振りに晴れ渡った蒼い空が目前に広がっているだけで、変わったコトは何も確認できなかった。
特に空には雲の1つさえ無く、窓越しに見ていても天上まで吸い込まれそうなくらいに透き通っている。
「風、が…………違う……?」 「何言ってんですか先生ー」
緯度の高い北エルトシアの3月が暖かいハズがないので窓は閉め切られている。
教室の後方では新しい校舎に似合わず古びた造りの暖炉で、目一杯に薪が燃やされている。
「………………あっ、ゴメンなさい」 漸く、アルティナは向き直る。
「なんだか、風がおかしくて……」 「だから何言ってんですか?」
「窓閉めてっから風入って来る訳ないっスよ?」
学生達の言う通り、「風」と呼べるよーな代物がこの教室に入り込む隙間はまず無い。
もしも入り込んでたとしたら寒くて授業にならない。 「…………気のせいでしょうか?」
「気のせいでしょう?」 いーかげんそろそろ、学生達が苦笑いを始める。
アルティナはいつものように左手の人差し指を下唇に当てて天井を見て、何か考え込む。
「………では、気のせいってコトにしておきましょう♪」 「んなっ」
途端にコレだ、学生達の何人かは椅子から崩れ落ちた。
「では授業を再開しましょう。ところで……」 「ところで?」
「私、ドコまで説明しましたっけ?」
更に何人かが崩れ落ちた。
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