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生態系において最も基本的な生物間相互作用のひとつである「捕食―被食」関係を理解するうえで、エネルギーと物質的資源、もしくは複数の物質的資源どうしの比率(たとえばC:N:P)に着目し、そのバランスや転換効率の重要性を訴えるのが『生態学的化学量論(Ecological Stoichiometry)』である。近年、陸域・水域の別を問わず、生態学全般のさまざまな分野で、このコンセプトを取り入れた研究が見られるようになって来た。このことは、個体間レベルから生態系レベルまでの多岐にわたる研究テーマについて、化学量論を考慮した考え方が普遍的に強力なツールとなりうることを示している。
そこで本自由集会では、さまざまなテーマ・対象・手法について化学量論のコンセプトを取り入れた研究事例を紹介する。そして、捕食―被食関係について多角的でありながら統合的な理解を目指すためのツールとして、生態学的化学量論のコンセプトを機軸とした研究の可能性について議論を行いたい。
(イントロダクション5分、各発表15分+質疑5分*4、コメント5分*2、総合討論15-20分、合計120分の予定)
吉田丈人(コーネル大):個体群動態・群集構造/操作実験(実験室・湖沼)
これまでの個体群動態や群集動態の理論の多くは、一つの通貨(炭素・エネルギーなど)に基づいてきた。しかし、実際の生物が複数の元素から構成されることは明らかであり、生物の相互作用が一つでなく複数の元素により制約を受ける可能性が当然存在する。近年の研究はその可能性を実証している。本講演では、生物の相互作用により形づくられる個体群や群集の動態において、生態化学量論が果たす役割についてレビューし、今後の研究方向について議論する。
土居秀幸(愛媛大・農):空間生態学/野外フィールド(河川)
生態学的化学量論の基礎は,その多くが湖沼生態系を元にして考えられてきた。そして近年,河川や湖沼の底生食物網における化学量論の適応が議論されつつある。そこで,近年の河川における生態学的化学量論の議論をレビューするとともに,河畔林樹冠によって光環境が変化させられると,付着藻類のCNP比,さらにそれを食べる水生昆虫グレーザーのCNP比を変化させるか?という野外における 研究成果についても紹介する。
加藤聡史(東北大・院・生命科学):摂餌戦略の進化/理論モデル(計算機シミュレーション)
生態化学量論にもとづいて最適摂餌選択を行う生物が、個体ごとに摂餌戦略を進化させる個体ベースモデルを考え、まず、種の餌利用についての予測とテストを行った。その結果、従来の最適摂餌選択理論からの予測を支持するだけでなく、どれだけ餌が豊富にあっても「組み合せ型摂餌」が最適な戦略となる場合があることを示した。さらに、このモデルの結果から、餌の質を考慮することが、種間競争におけるニッチ重複や食物網の複雑性にどのような影響をもたらすかについて議論する。
松村正哉(九州沖縄農業研究センター):ギルド内捕食・摂餌戦略/行動実験(陸域)
潮間帯湿地の節足動物群集の生態化学量を種別に測定したところ,栄養段階が高いほど高い窒素含有率を持つことがわかった。しかし,給餌実験では,窒素含有率の高い捕食者をギルド内捕食する場合に捕食者の成長が速くなるという一定の傾向は見られなかった。ギルド内捕食によるパフォーマンスの向上には,生態化学量の影響より,むしろ餌種の捕獲されやすさや防御行動に起因した摂食量の違いが大きく影響していると考えられた。